※本記事では法律の話題を扱っています。本記事はあくまで法律の条文からの言葉遊びでこのような結論を導くことも可能なのではないかという問題提起であり、ご自身が現実に遭遇した事件については弁護士などの専門家にご相談ください。また、掲載している条文は記事執筆時点のものです。
はじめに
2026年6月9日、JR東日本は近距離乗車券を磁気券からQRコードを印刷した乗車券(QR乗車券)へ置き換えることを発表しました。磁気券そのものや改札機を維持するのに必要なコストや環境負荷を削減するのが目的で、2027年春より順次実施されます。
今回導入されるQR乗車券では、ゆいレール等で導入されている特殊なインクによる偽造防止は採用されておらず、かわりに「センターサーバー方式」が採用されます。2024年5月にJR東日本などが発表したプレスリリースによると、鉄道8社共用のセンターサーバーに発売済みの乗車券の情報や利用状況を格納し、券売機や自動改札機、係員端末を接続することで、無効な乗車券や使用済みの乗車券が利用されることを防止するようです。例えば、ある乗車券で乗客が改札を通過した場合、センターサーバーにその乗車券が改札通過済みであるという記録が書き込まれ、その乗車券を再び改札で読み込んでもエラーとなる、という感じです。鉄道コムの記事内でのJR東日本の回答を見ても、この仕組みに変更はないようです。
ただし、コンピューター上の記録でQRコードが使用済みになったとして、法律上もその乗車券が使用できないとは限らないのではないかということを考えて本記事を執筆しました。本記事では、仮想的に乗車券が不正使用された場合のケーススタディを提示し、そのような場合に法律上(特に、民法の有価証券規定)どのようなことが想定されるかを考えてみます。
なお議論の前提として、本記事の内容のとおりに他人のQRコードを不正使用したり、本記事の論理を悪用して不正乗車をおこなったりすると刑事・民事上の責任を問われるおそれがあります。また、本記事のようなトラブルが起きないよう、乗車券を盗まれたり券面を盗み見られたりしないように注意する必要があるのは言うまでもないことです。
もしこのようなことが起こったら?
Aさんは、JR東日本の券売機でQR乗車券を購入したあと、カフェでお茶を飲みながら券面をSNSにアップロードしました。その後、そのQR乗車券を改札機に読み取らせたところ、エラーとなってしまいました。改札の駅員に確認してもらったところ、SNS投稿を見たBさんが、Aさんの乗車券のQRコードを複製して改札機で使用したため、システム上乗車券が使用済みになってしまっていたようです。この場合、Aさんはその乗車券を用いて列車に乗車することができるでしょうか?
不正使用されても、法律上乗車券は有効?
上のようなケースで、法律上乗車券は有効なのでしょうか。
まずその前に、QR乗車券の現物が盗まれた場合を考えてみます。結論としては、乗車券は持っている人が正当な権利者と推定されるため、盗まれて不正に使用された場合は元の持ち主の乗車の権利はなくなります。鉄道の乗車券は民法上の有価証券(無記名証券)にあたり、無記名証券は所持人が権利を適法に有するものと推定(=明確な反対の証拠を示さない限り、法律上そのまま事実として扱われる)されます。また、鉄道会社(債務者)は証券の所持人の真偽を調査する義務を負いません。したがって、乗車券を盗んだ人が改札で乗車券を使用した時点で鉄道会社は債務を履行済み(その乗車券にかかわる旅客運送契約を履行済み)ということになり、元の持ち主が改札に来ても新たに乗車券を買わない限り列車に乗車することはできないと考えられます(なお、乗車券が未使用であっても乗車券現物が手元にない状態では旅客営業規則の規定により列車に乗車できません)。もちろん盗まれた人は盗んだ人に不当利得返還を請求することができますが、鉄道会社との契約は既に履行済みであり、盗まれた乗車券をそれと知らずに改札で通過させた鉄道会社に賠償や返金を請求するのも難しいと考えられます。
(指図証券の債務者の調査の権利等)
第520条の10 指図証券の債務者は、その証券の所持人並びにその署名及び押印の真偽を調査する権利を有するが、その義務を負わない。ただし、債務者に悪意又は重大な過失があるときは、その弁済は、無効とする。
(記名式所持人払証券の所持人の権利の推定)
第520条の14 記名式所持人払証券の所持人は、証券上の権利を適法に有するものと推定する。
民法(明治二十九年法律第八十九号)より。なお、これらの規定は民法520条の18、520条の20の規定により無記名証券について準用される。
しかし、QR乗車券の券面のQRコードのみを不正使用された場合、上とは真逆の結論を得ることができます。今回のケースでは、乗車券を購入したAさんはQR乗車券の現物を持っており、先ほどの民法520条の14の規定で証券上の権利を適法に有するものと推定されます。券面のQRコードが記録上使用済みであるという事実は、ここでは関係ありません。したがって、AさんはQRコードが不正使用された乗車券で列車に乗れるという結論になりかねません。
この考え方は、たとえQRコードが不正使用された原因がAさんの行動(SNSへのアップロード)にあるとしても変わりません。民法には、債権者の過失が原因で債務者が誤って違う人に弁済したという場合に、債務者を救済すると直接規定している条文はありません。なお、券面に「QRコードを他人に見せないでください」というような注意書きがない限り、そもそも券面の画像を公開することが「過失」にあたらないという主張をすることも可能です。
(受領権者以外の者に対する弁済)
第479条 前条の場合を除き、受領権者以外の者に対してした弁済は、債権者がこれによって利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。
民法(明治二十九年法律第八十九号)より
QR乗車券の不正使用に関して仮にこのような法律上の取り扱いがなされてしまうと、QRコードが使用済みになった乗車券が改札に持ち込まれた場合、本当に使用済みなのか不正使用された有効な乗車券なのか判別するのは困難です。QRコードが使用済みになった乗車券であっても、「他人にQRコードを不正使用されたかもしれないが、有効な乗車券である」という主張をされてしまうと改札通過を認めざるを得ず、同一のQR乗車券を複数回使用することが可能になります。事実上、QR乗車券の導入が困難になってしまいます。
不正使用されたQR乗車券を使用できないようにするには
それでは、どのような措置をとれば不正使用されたQR乗車券を法律上も使用できないようになるのでしょうか。X上でご意見を募り、フォロワーの皆様より下のような3つの説をいただきました。
履行完了説1
鉄道会社がBさんを乗車させた時点で民法478条の規定により債務の弁済が完了しているため、本来の持ち主であるAさんが改札に来ても改札を通れないと考える説。複製したQRコードを提示したBさんが「取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する」者に該当するとして、Bさんの乗車を認めた時点でその乗車券に関わる運送契約の履行が完了しているため、Aさんが持っている乗車券は使用不能となります。
この場合、乗車券の真偽にかかわらずQRコードを提示しただけで「取引上の社会通念に照らして受領権者との外観を有する」者にあたるのか、さらに鉄道会社側が乗車券の真偽を確認せずQRコードの提示のみで改札を通していることは過失にあたらないのか、あたりが争点になります。
(受領権者としての外観を有する者に対する弁済)
第478条 受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
民法(明治二十九年法律第八十九号)より
履行完了説2
前述した民法520条の10(指図証券の債務者の調査の権利等)を根拠に債務の履行が完了しているという説。説1と同様の争点が想定されます。
また、520条の10は債務者(ここでは鉄道会社)が証券の所持人の真偽を調査する義務を負わない(悪意や重過失がない限り、証券を提示した人に対する弁済は有効)というかなり強い規定ですが、そもそも証券自体の真偽が問題となっている今回の例にこの規定をそのまま適用できるのか、というのも問題になります。
非有価証券説
「QRコードを提示した人」に乗車を認めるというルールにして、QR乗車券の有価証券性を否定する方法。そもそも有価証券とは「財産的価値のある私権を表章する証券であり、その権利の移転や行使に証券そのものが必要とされるもの」とされています。電子データは有価証券ではないとされているため、QR乗車券現物だけでなくQRコードを提示さえすれば乗車を認める、というルールにすれば、QR乗車券の有価証券性は否定され、QRコードが使用済みになった時点でBさんは列車に乗れなくなるということになります。
この場合、当然QR乗車券自体だけではなくそれのコピーや写真などの提示でも乗車を認めざるを得ませんが、JR東日本が公表している乗車券の様式には複製不可とあり矛盾します。また、現実的には複製のQRコードでの改札通過を認めると一部の手口の不正乗車が容易になる可能性があります。
既に導入されているQR乗車券の約款はどのような内容なのか
では、JR東日本やその他の会社で既に導入されている、スマートフォン等に表示されるQRコードを使用した乗車券類に関する約款で、乗車券の有効性についてどのように規定されているのでしょうか。まず、JR東日本が導入している「えきねっとQチケ」の約款の記載内容です。乗車時にはQRコードを提示することとし、またQRコードはアプリ上の表示でも印刷でもよい、というルールになっています。この内容に準じてQR乗車券のルールが定められた場合、QR乗車券の有価証券性は否定されることになります。
第12条の2(「えきねっとQチケ」サービス)
1. 「えきねっとQチケ」サービスとは、本サービスにより乗車券類を購入のうえ、当社が「えきねっとチケットレスアプリ」(以下「本アプリ」といいます。)上で発行する乗車用QRコードを使用することで、サービス提供エリア(本条第5項に定義します。)内の当社線の列車に乗車することができるサービスです。
7. 会員本人については、本アプリ上で乗車用QRコードを表示して利用するものとします。なお、表示後、一定時間が経過した場合には、再表示が必要となることがあります。また、会員本人と同一行程で旅行する同行者については、印刷またはスマートフォン等上で画像として保存したものを表示する方法等(これらの方法に限られません。)で利用するものとします。
14. 「えきねっとQチケ」サービスにより購入した乗車券類の情報については、本サービス内に記録される最新のデータが正当であり効力を有するものとします。会員等が呈示するQRチケット情報がそのデータと一致しない場合は本サービス内に記録されているデータを正当とします。また、本サービス内に記録されているデータが存在しない場合には、旅客規則所定の普通旅客運賃・料金を収受します。
JR券申込サービスに関する規約より
続いて、JR西日本のルールです。この約款はQRコードをスマートフォン上に表示する前提で書かれており今回のような紙のQR乗車券の取扱いについてあまり参考になりませんが、乗車券の実体はサーバー上の電子データであると規定されており、JR東日本の約款の記載もこのようになる可能性があります。
(用語の意義)
第3条 この約款における主な用語の意義は、次の各号に掲げるとおりとします。
- (3) 「サーバ管理型乗車券」とは、乗車券情報をサーバ上に電子式証票として管理するための2次元バーコードの識別情報が記録された媒体をいいます。
(効力)
第13条 サーバ管理型乗車券は、情報端末の画面に表示された情報や別に定める内容に従った効力を有するものとします。
2 利用者がサーバ管理型乗車券を使用する場合は、乗車券情報を表示することができる自らの情報端末を携行するものとし、係員から該当情報の呈示を求められたときは、その場で呈示しなければならないものとします。
サーバ管理型乗車券取扱約款(2024年12月20日西日本旅客鉄道株式会社公告第10号)より
QR乗車券の不正使用時の取扱いについては、今後の鉄道各社の発表内容や公表される約款の規定により明らかになっていくものと思われます。今後も注目していきたいと思います。
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