信号機の現示のルール
信号機の制御方式の原則は、Rの外方にY、YYの外方にYG、YおよびYGの外方にGと定められています。しかし、例えば閉塞信号機の間隔が短い場合、Gを現示している信号機を最高速度で通過したあとにブレーキをかけ始めても次のY現示の45km/h制限に間に合わない、ということが発生します。このような場合に、Y現示の手前にYGを現示する、という例外が存在しています。
具体的に、1966年の文献(「新規程講座 信号設備施設基準規程(その3)」片岡章・山里実男 信号保安21巻1号)をもとに解説します。その後細かい部分で改正があったり線区の事情による特例があるかもしれませんが、現在でもほぼ同様のルールで運用されていることと思います。
警戒信号の現示条件
今宮駅付近の閉塞信号機。カーブのため次の信号機の確認距離が短く警戒信号を現示している 自動閉塞式の区間において、次のような場合にYYが現示されます。
- 信号機どうしの間隔が、列車が手前の信号機を45km/hで超えてから奥の信号機の外方50m(出発信号機では所定の位置)に停止するのに必要な距離に満たない場合、Rの手前にYYが現示されます。
- 信号機の確認距離が、列車が45km/hから信号機の手前50m(出発信号機では所定の位置)に停止するのに必要な距離に満たない場合、Rの手前にYYが現示されます。
なお、このほかに出発信号機、場内信号機や場内信号機の1つ手前の閉塞信号機では、過走余裕距離のない場合にYYが現示されることがあります(詳細は別記事を参照)。後述するとおり、元々はこちらが警戒信号の役割でした。
北海道医療大学駅場内信号機。停止位置から車止めまでの余裕がないため警戒信号を現示している 注意信号の現示条件
注意信号YはRの手前の信号機に現示されるのが原則ですが、自動閉塞式の区間では次のような場合にも現示されます。
- 警戒信号を現示する信号機の確認距離が、列車が65km/hから25km/hに減速するのに要する距離に満たない場合、YYの手前にYが現示されます。
- 信号機の確認距離が、列車が65km/hから45km/hに減速するのに要する距離に満たない場合、Yの手前にYが現示されます(中継信号機を設置する場合はこの限りでないようです)。
減速信号の現示条件
朝明信号場の出発信号機。減速信号の現示は、桑名駅場内信号機の確認距離の関係と思われる 減速信号YGはYYの手前の信号機に現示されるのが原則ですが、自動閉塞式の区間では次のような場合にも現示されます。
- 信号機どうしの間隔が、運転速度から45km/hに減速するのに必要な距離に満たない場合、Yの手前にYGが現示されます。
- 信号機の確認距離が、運転速度から45km/hに減速するのに必要な距離に満たない場合、Yの手前にYGが現示されます。
- YGを現示する信号機の確認距離が、運転速度から65km/hに減速するのに必要な距離に満たない場合、YGの手前にYGが現示されます(中継信号機を設置する場合はこの限りでないようです)。
なお、「運転速度」は線区の最高速度ではなく、当該地点を通過する列車の最高速度です。すなわち、曲線区間では線区の最高速度よりも低い曲線の制限速度で考えることができます。
上記のほか、注意信号を現示する場内信号機の手前の遠方信号機はYGを現示します。
ATS-P区間の「現示アップ」
ここまでの説明で「減速距離」という概念が何回か登場しましたが、同一線路を走行する列車すべての減速性能が同等であるとは限りません。例えば、根岸線では京浜東北線に乗り入れる電車列車と根岸駅発着の貨物列車が同一線路を走行しています。中央本線では、電車列車、貨物列車にくわえ特急列車の設定もあります。これらの区間で信号機の現示を決めるときは、走行する列車のうち最も減速性能の低いもの(多くは貨物列車)を基準にする必要があり、無駄が多くなります。例えば、ある信号機とその次の信号機の間が通勤電車の減速距離より長く貨物列車の減速距離より短い場合、貨物列車の性能に合わせてYの手前にYGを現示する必要があります。そのため、通勤電車も貨物列車の性能にあわせてその信号機でYG現示の制限速度である65km/hに減速する必要があり、無駄が多くなります。
これを解決するために1958年10月に中央本線飯田町~浅川間に導入されたのが「列車選別装置」です。当時の中央本線には通勤電車のほか客車を含む長距離旅客列車や飯田町駅発着の貨物列車が混在しており、そのような中で通勤電車の増発のために閉塞信号機の間隔を短くする必要がありました。そのため、信号機の付近に地上装置を設置して通勤電車の床下に設置したコイルを検知することで、減速性能の高い通勤電車が通過する場合のみ先の信号機の現示をYGからGに変更することで不要な速度制限を減らすことができました。
もし短小閉そく区間の内方に列車がいる場合は減速現示の信号機が減速現示となっているが、電車が来たときは110キロサイクルで同調してアイデントラが動作するから、減速現示が進行現示に変化する。よって、電車についてはこの区間に対して進行、進行、注意で接近するが 旅客、貨物列車(地上コイルを持たない列車)は進行、減速、注意で接近することになる。
「中央線における信号現示の選別制御について」山口達治 信号保安13巻12号
JR化後に各線区で導入が進んでいるATS-Pの「現示アップ」機能は、中央本線にATS-Pが導入された1990年にこの列車選別装置の機能をATSに統合しさらに発展させたものです。少なくとも1958年の導入当初、中央本線の列車選別装置は専用コイルを搭載した通勤電車に対してYGをGに変更する機能しかありませんでしたが、ATS-Pの現示アップは車両から地上へ伝送された列車番号情報から列車の加減速性能を判別して現示アップする仕組みに変更されました。また、YYからY、YからGなどへの変更にも対応しているようです。
ATS-P区間の現示アップの例(上野駅)現示アップ後の注意信号 このため、ATS-Pの現示アップ機能が運用されている線区では、閉塞信号機が減速などを現示している場面を見ることは少なくなりました。しかし、ATS-P導入線区すべてで現示アップ機能が使用されているわけでもないようで、様々な線区で信号機の動作を観察してみるのも面白いかもしれません。
信号現示の歴史
このように、信号現示のルールには「○○の現示の手前には○○の現示」という原則と、「信号機間隔・確認距離が○○km/hへの減速距離以下のときには……」という例外があります。このような「ダブルスタンダード」となっているのには歴史的な背景があります。
1872年に鉄道が開業した当時、信号機の現示は「危害」「注意」「無難」の3位式でしたが、この「注意」は「先ほど他の列車が通過したばかりである」という程度の意味しかなかったようで、現在のような注意信号が導入されたのは危害信号の手前の遠方信号機の現示が赤色灯から橙黄色灯に変更された1911年のようです。また、1912年には通過用副信号(通過信号機)でも橙黄色の腕木が採用されました。このように、「注意信号」はもともとは特定の速度で運行することを指示する信号ではなく、「一つ先に停止信号がある」という意味の信号でした。(『鉄道信号発達史:伸びゆく信号とそのノウハウ』信号保安協会)
「短小閉塞区間」の初の事例が存在した熱海駅付近では、現在でも閉塞信号機が警戒信号を現示している その後、1934年の丹那トンネル開通時、「短小閉塞区間」が問題となりました。この区間ではトンネルや曲線、切通区間が連続し見通しが悪いことから閉塞信号機の間隔が短い箇所が発生しました。すると、この区間の注意信号を通過するときに他の区間の注意信号と同じようなブレーキ操作を行っても次の停止信号までに停止できません。そこで、短小閉塞区間の入口のさらに手前の信号機で現示される信号として「減速信号」が新設され、次のような取扱いが定められました。
1. 四位式信号機は三位式信号機の現示に更に減速信号を附加現示せしむるものとす。
2. 減速信号は三位色灯式信号機使用区間の場内信号機、出発信号機、閉塞信号機及掩護信号機の何れに対しても之を現示せしめ得るものにして其の現示方法次の通りとす。
(イ)現示方式 上位 橙黄色灯 下位 緑色灯
(ロ)機構 二灯中の一灯滅灯する時は他の一灯もともに滅火する装置とす。
3. 列車は減速信号の現示ある時は次の信号機までに速度を低減すべし。
4. 減速信号は本線路の分岐を有する区間又は制動距離に足らざる短小閉塞区間の後方に於て次項状態を指示するものとす。
(イ)速度制限大なる方の本線路に進入の場合 減速信号の現示ありたる時次の信号機は速度制限大なる方の本線路に対し注意又は進行信号を現示し居る事。
(ロ)短小閉塞区間に対する場合 減速信号の現示ありたる時は短小閉塞区間の始点たる次の信号機は注意信号を現示し居る事。
「新東海道線開通に伴ふ電気信号保安設備に就て(其の二)」杉本巌・村田静男 信号8巻1号
このように、導入当初の減速信号は①先に短小閉塞区間が存在すること、②先の場内信号機が副本線方向に開通していることのどちらかを予告するものとして導入されました。なお、②の役割は後年進路予告機(1943年採用)に譲ることになります。
このように、注意・減速信号は前方の信号現示等を予告する信号でしたが、戦時体制下の1943年に自動閉塞区間の注意信号には45km/hの速度制限が設けられました。自動区間のみ速度制限が設けられた理由は当時の解説書に次のように記載されています。
特に自動区間に於ては非自動区間に比して運転密度が稠密であるから、過走に因る事故発生の機会が多いと云へる。そこで自動区間に於ける信号機に注意信号の現示があつた場合は、その信号機内に進行する場合は勿論、その区間に進入して運転中は、例へ次の信号機に進行を指示する信号の現示を確認しても、その閉塞区間を進出する迄は、速度四十五粁を超えてはならないことに達第九三号ノ一で定められた。
(中略)
非自動区間に於て注意信号の現示を為す信号機は、遠方信号機及び通過信号機の二種であつて、この信号現示は建植位置が一定箇所に常置された信号機に、予め注意信号の現示あることを予期して機関士は運転するのが常であつて、自動区間の注意信号現示に対する観念とその趣を大いに異にする(自動区間で憂慮されるやうな憶測運転を為す機会がないと考へてよからう)為に、非自動区間の注意信号に対しては別に速度制限を附さないことにしてゐる。
『運轉取扱心得講義 信號編 新版』佐々木茂
同じく1943年に警戒信号も新設されました。これは停車場内の過走防止のために場内信号機に現示される信号で、相互に進路を支障する2列車を同時に進入させる場合などに誘導信号機に代わって設置されたものです。当初から25km/hの速度制限が定められていました。また、1950年頃までに警戒信号の手前には減速信号を現示することとなり、減速信号には警戒信号を予告する役割も与えられました。
このように現示の種類が増えていくにつれ、運転士の負担は増大していきました。例えば、減速信号を確認したときには先に副本線へ向かう分岐器があるのか、短小閉塞区間があるのか、警戒信号があるのか……と、考える必要がありますし、同じ注意信号でも短小閉塞区間の場合は45km/hより低い速度まで減速する必要があります。さらに、「短小閉塞区間」の定義にも問題がありました。短小閉塞区間の定義は45km/hから停止するまでの距離に満たない長さの閉塞区間ですが、列車の最高速度向上や閉塞区間の細分化が進むにつれ、警戒信号の速度である25km/hから停止するまでの距離にも満たない閉塞区間や、列車の最高速度から45km/hに減速する距離に満たない閉塞区間が生じ、前述した中央本線ではこれらに対し規程類に定められてない減速信号や警戒信号を現示せざるを得ませんでした。
このような状況に対し、「スピードシグナル」すなわち、「先の信号現示の予告ではなく、列車の運転速度を指示する信号」を目指して実施されたのが1965年の規程改正でした。この改正では、減速信号に対する65km/hの速度制限が新設され、また信号機の間隔や信号の見通し距離を考慮して現示を制御することが定められました。これにより、運転士は少なくともルール上は、先の信号の現示条件を予測せずとも目の前の信号現示の速度に従っていけばよいということになりました。
なお、「スピードシグナル」化の構想の中では将来的には分岐器の速度制限も信号現示に反映させ、例えば45km/hの速度制限の分岐器のある副本線に進入する手前の信号機は45km/hの速度制限を現示するような構想もありました。実際、この1965年の改正で進路予告機は「別に指示するまでの間」使用されることとされ、スピードシグナル化が完遂すれば廃止されることになっていました。しかし、少なくとも地上信号方式ではこの構想は挫折し、現在に至るまで分岐器の速度制限は信号現示に反映されず、運転士は進路予告機の表示をもとに分岐器の制限速度を予期して減速する必要があります。ただし、車内信号式であるATCやATACSでは分岐器の速度制限が信号現示に反映される「スピードシグナル」が実現しています。
ちなみに、1965年の改正後も非自動区間では減速信号や注意信号は次の信号機の現示を予告する役割の信号として引き続き定められました。現在でも、特殊自動閉塞式などの区間で注意信号の場内信号機の手前の遠方信号機が進行信号ではなく減速信号である(遠方信号機の減速信号が場内信号機の注意信号を予告する役割をもっている)ことにその名残があります。
このように、信号現示のルールは「この先の信号の現示を予告」する役割から「列車の運転速度を指示」する役割へと信号機の役割を変えようとした、国鉄当局・担当者の一種の妥協ということができそうです。本記事ではかなり古い文献をもとに閉塞信号機の制御を説明しましたが、その後ATS-Pの現示アップのほかにも様々な改良があったり、JR各社間でも差異が生まれたりしている可能性があり、もし情報をご存じの方がいらっしゃいましたらご連絡いただければと思います。また、今後信号制御にどのような変化が起こっていくのか注目しています。