【情報求む】旅客輸送の専用線の謎

【情報求む】旅客輸送の専用線の謎

そもそも専用線とは

専用線とは特定の企業や個人専用の線路のことで、次の専用鉄道・専用側線の総称です。

専用鉄道
「専ら自己の用に供するため設置する鉄道であつて、その鉄道線路が鉄道事業の用に供される鉄道線路に接続するもの」(鉄道事業法2条6項6号)すなわち、ある企業(個人)が自社内のみで使用する鉄道のうち、線路が鉄道会社の鉄道と接続されているものです。日本製鉄北九州製鉄所の構内や敷地間に張り巡らされている鉄道(いわゆる「くろがね線」など)も、黒崎駅にて鹿児島本線の線路と接続しているため「専用鉄道」となります。一方、製鉄所の構内鉄道の中でも鉄道会社の鉄道と線路が接続されていないものは単なる工場の設備の扱い(鉄道事業法適用外)であり、専用鉄道とは呼びません。
専用側線
「特定貨主が自己の専用に供するため、又は国若しくは地方公共団体が自己若しくは特定貨主の専用に供するために、その負担において敷設した日本国有鉄道(中略)の側線」(旧国鉄専用線規則2条)です。専用鉄道との違いは、かつて運輸省による免許が必要だった専用鉄道に対し国鉄の承認のみで設置できたこと、延長が3kmまでに制限されることなどです。免許の関係上、線路の使用者である企業(国を除く)は線路を敷設したのち鉄道会社に設備一式を無償で譲渡(専用線廃止時に無償で返還)することが定められていましたが、線路の保守管理や国鉄との受渡しまでの貨車の入換作業は企業側の負担(通常、通運会社に委託)だったようです。

かつては専用鉄道は運輸省の免許が必要、専用側線は国鉄の承認が必要であり、いずれも一覧表が公になっていたため区別が容易でした。しかし、現在では専用鉄道の設置や廃止にあたり政府にお伺いを立てる必要がなくなり、専用側線の一覧もJR貨物から公開されないため、これらの区別は困難になっています。

さて、現存する国内の専用鉄道及び専用側線は、すべて貨物のみを輸送しています。ところが、旅客を輸送する専用側線に全く例がないのかというと、そうとは断言できないのです。

旅客輸送における「専用線」

JR各社の現行の旅客営業規則には、次のような条文があります。

(専用線料金)
第142条
専用線(特定旅客の専用する側線をいう。以下同じ。)に旅客車専用扱の団体旅客の旅客車又は貸切車を連結した列車を運転する場合は、当該専用線の営業キロ(往復の場合は、打ち切って各別とする。)に対する貸切旅客運賃に相当する額を専用線料金として収受する。この場合、専用線の営業キロが50キロメートル未満であっても貸切旅客運賃の最低額を適用しないで、実際の営業キロによる貸切旅客運賃に相当する額を専用線料金とする。
2 前項の規定による専用線料金は、団体乗車券又は貸切乗車券によってあわせ収受する。

JR東日本旅客営業規則より

もう一度申し上げますが、現行の規定です。この規定は「特定旅客の専用する側線」である専用線の存在を前提としており、この線路に貸切列車等を運転する場合の専用線料金について規定しています。実際のところ、この規定が適用される場面はあったのでしょうか?

まず、「特定旅客の専用する側線」である以上、「側線」ではない一般の鉄道路線の「本線」や専用鉄道はこの規定の適用対象ではありません(専用鉄道を設置する事業者が旅客を輸送することについて鉄道会社は干渉しません。もちろん、鉄道会社が車両を貸し出すなら車両使用料は発生しますが)。一方、先述の旧国鉄専用線規則2条の規定では主語が「特定貨主が」となっており、旅客輸送の目的で専用側線が敷設されることを想定していないように読めます。

インターネット上で色々調べましたが、この規定が適用される実例というのは発見できませんでした。もし読者の方のうち何かご存じのことがある方がいらっしゃいましたら、ページ下部のメールアドレスまたはフォームなどでご教示いただけますと幸いです。後日、本記事に追記または別途記事を立ててご紹介させていただきたいと思います。

本記事では、過去の「特定旅客の専用する側線」があった可能性がある事例をご紹介しています。

軍需輸送

太平洋戦争で旧陸海軍が解体される以前は、日本国内で軍需物資や兵員を輸送する軍用列車が多数運転されていました。例えば広島市海岸部にあった宇品駅では陸軍の兵員を載せた列車が多数到着し、輸送船で海外へ出征していきました。その後の彼らの運命を思うと何とも切ない話ですが、ともかく当時の宇品駅に「特定旅客(陸軍)の専用する側線」があった可能性はあります。

しかしながら、そもそも陸海軍が国鉄(鉄道省→運輸通信省鉄道総局)に対して一般旅客向けの旅客営業規則に基づいた運賃を払っていたとも思えないので、これは無関係であると考えます。

ハンセン病患者の専用列車

これもいたたまれない話となりますが、かつてハンセン病が誤って感染性の高い病気であるとされた時期があり、患者は自己の意思に関わらず療養施設で強制的に隔離されそこでほぼ一生を過ごすことを強いられていました。ハンセン病患者は全国に13か所設置された国立療養所などへ強制的に入院させられましたが、この際の移動手段として列車が使用されることがありました。

よく知られているのが、東村山駅のハンセン病患者専用ホームです。国立療養所多磨全生園の最寄り駅が同駅だったために設置されたものですが、外から鍵をかけられた貸切車両で到着した患者を他の旅客と一切接触させずに療養所送りにするという、当時の患者に対する誤った偏見が強く滲み出た対応となっていたようです。そういえば最近、新型コロナウイルス感染症患者の療養施設と一般の保育園が「同じ建物の別フロア」にあることをテレビでタレントが非難するという事例がありました。もちろん正しい治療を受けている患者からは伝染しないハンセン病と新型コロナウイルス感染症を同列に議論することはできませんが、差別の歴史が繰り返しているのではないかと思えてなりません。

閑話休題。本件では、私鉄の駅ではありますが東村山駅に「特定旅客の専用する側線」があったことがはっきりしていますが、これも前章と同様の理由で旅客営業規則の規定とは無関係と考えられます。

天皇・皇族の葬儀に伴う仮設線路

これも戦前の話で、天皇や皇族の葬儀に伴い棺や付添人などを輸送する列車を運転するため、葬儀会場に引き込み線が建設される事例がありました。

甲武鉄道(新宿駅~青山仮停車場間)
英照皇太后(明治天皇の嫡母)大喪列車運転のため
中央本線支線(千駄ケ谷駅~青山仮停車場間)
明治天皇大喪列車運転のため
山手線支線(原宿駅~葬場殿仮停車場間)
昭憲皇太后(明治天皇の皇后)大喪列車運転のため
中央本線支線(代々木駅~新宿御苑仮停車場間)
大正天皇大喪列車運転のため。なお、新宿御苑仮停車場駅舎は移設され現在の高尾駅舎となった

このほかにもあるかもしれません。ただ、これらの線路は正式な鉄道路線として開業(葬儀直前に開業、直後に廃止)されていますので、側線にはあたらないと考えられます。

宗教施設参拝に伴う団体臨時列車

一部の宗教は信者に宗教本部や重要な寺院に参拝することを奨励しており、全国各地から宗教施設等の最寄り駅に向けて団体臨時列車が運転されることがあります。多数の列車が定期的に発着する最寄り駅には、団体臨時列車のためのホームや留置線、側線などが設置される例があります。桜井線天理駅が有名で、かつては山陽本線金光駅や身延線富士宮駅にも専用ホームや留置線が設置されていました。

桜井線配線略図(抜粋)
桜井線配線略図(抜粋)

定期的かつ安定的に団体列車が運転されるわけなので宗教施設参拝に伴う団体臨時列車は専用線設置に最も向いている事例だとおもうのですが、残念ながらこれらの駅で宗教団体等の負担で建設された側線があるという情報はありません

このように、「特定旅客の専用する側線」というのは極めて限られた例しかないように思います。もし事例をご存じの方がいらっしゃいましたらお知らせいただきたく思います。

専用側線における工場の労務員輸送(2021年8月10日追記)

戦時中における輸送力増強の特別措置として、専用側線に旅客列車を運行し労務員を輸送する事例があったようです。具体的にどの側線が該当したのかは不明ですが、1944年には中央から地方に向けて「労務員輸送の場合における専用線作業契約締結方に関する件」なる通牒がだされ作業料金まで定められたようなので、全国に複数の例があったのだろうと思います(貨物事務研究会編『専用線解説』交通日本社 1959)。

この場合の専用側線は、「特定旅客の専用する側線」に該当する可能性があります。ただ、工場側が従業員の朝夕の通勤のたびに高額な貸切運賃を支払っていたとも思えません。どうなんでしょうか。

専用側線における団体臨時列車運転(2021年8月10日追記)

2020年2月に予讃線伊予三島駅構内の大王製紙専用線内に団体臨時列車で乗り入れるというツアーが開催されました。また、この他にも専用線内で臨時列車が運転された例があるようです。

大王製紙専用線は当然ながら貨物列車で紙製品を出荷するための側線であり、たった1回のツアーの開催をもって「特定旅客の専用する側線」とするのは少々強引な解釈かと思います。とはいえ、前例の少ないツアーを開催するにあたり、半ば死文化した旅客営業規則の規定を援用してツアーの開催にこぎつけたという可能性も全く考えられないわけではないとも思います。

旅客営業規則はあくまで約款であり、乗客や旅行会社と鉄道会社の双方の合意により旅客営業規則によらないで旅客運送の契約をすることは自由です。今回のツアーが旅客営業規則に則った輸送なのか、臨時の約束に基づいて輸送しているのかは発券された団体乗車券の記載内容など内部資料を見ないとはっきりしたことは言えません(そもそも旅行の企画がJR四国自身であり、団体乗車券が発券されているのかどうかすら不透明です)。

→関連して有力追加情報があります(後述)。

秋田港駅のクルーズ船連絡列車(2021年8月10日追記)

Twitterにてご指摘いただいた件です。

奥羽本線貨物支線の秋田港駅は、JR貨物が第一種鉄道事業者として管轄していますが、数年前からJR東日本が期間限定の第二種鉄道事業許可を取得してクルーズ乗船客向け列車の運行を行っています。終点の秋田港駅には旅客ホームが設置されており、このホームに面する線路については「特定旅客の専用する側線」に該当する可能性があります。

秋田港駅
秋田港駅
旅客ホーム
旅客ホーム

この線路はもともと秋田港駅の着発線であった線路にホームを取り付けただけであり、秋田港駅でのコンテナ取扱いが2021年3月に終了するまでは貨物列車の発着や入換に使用されていた線路です。鉄道会社内部でどのような扱いとなっているかは不明ですが、一般的には着発線を「側線」ということはないように思います。

「特定旅客」をどのような意味で解釈するかという問題もあります。このホームは秋田臨海鉄道特別公開の臨時列車でも使用されており、「特定旅客」を「クルーズ船の乗客」と解釈すればこの側線は「特定旅客の専用する」線路にあたりません。一方、より広く「JR東日本が任意に指定したツアーに参加した乗客」と取れば該当する可能性があります。いずれにしろ、前章と同様これは団体乗車券の券面などを確認してみないと確たることは言えないと思います。

専用側線における団体臨時列車運転(2021年8月16日追記)

Twitterにて有力な情報をいただきました。国鉄末期~分割民営化直後にかけて、旅規142条に基づき貨物用の専用側線において団体臨時列車の運転が企画されたとのことです。事例としては次のようなものがあります。

すなわち、国鉄末期~分割民営化直後にかけて、旅規142条が貨物輸送用の専用側線に適用可能だとする解釈がなされていた可能性が高いと思われます。ただし、いずれの団体臨時列車も旅規142条とは無関係の理由で専用側線での運行が叶わなかったそうなのが残念なところです。

更新履歴

  • 専用側線の保守管理責任が荷主側にあることなど、専用側線の定義に一部不正確な点がありましたので修正し、その他加筆しました。(2021年8月10日)

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