【疑問】「再生可能エネルギーで電車を運行」は本当なのか?

【疑問】「再生可能エネルギーで電車を運行」は本当なのか?

はじめに

近年地球温暖化をはじめとする環境問題への意識が世界的に高まっていることを受け、鉄道各社で再生可能エネルギー由来の電力で電車を運行する動きが広がっています。JR東日本は2030年度までに東北エリアの電車運行に要する電力を全て再生可能エネルギー由来に切り替える方針を表明しており、東武鉄道小田急電鉄西武鉄道でも同様の動きが広がっています。

開発した再生可能エネルギー由来の「非化石証書」を活用し、「CO2フリー電気」を供給することで、2030年度までに東北エリアの電車の運行に係るCO2排出量ゼロを目指します。

JR東日本グループレポート2021より
鉄道各社の再生可能エネルギー使用の取り組み
鉄道各社の再生可能エネルギー使用の取り組み

もちろん、作者はこのような動きに反対している訳ではありません。地球温暖化の抑制と二酸化炭素排出量削減は喫緊の課題であり、鉄道会社に限らず全ての企業が積極的に取り組むべき問題です。鉄道は他の交通機関に比較してエネルギー効率に優れており、そのような優位性をさらに高め鉄道のさらなる環境負荷低減を目指す取り組みは、他の交通機関からの転換を促すモーダルシフトをさらに進める観点からも高く評価できます。発電などのエネルギー転換部門が日本の二酸化炭素総排出量に占める割合は4割を超えており(2017年)、この分野で排出量を抑える対策は急務となっています。また、カーボンプライシングなど企業が排出する二酸化炭素を「コスト」として考える動きがあるなか、鉄道貨物輸送を担うJR貨物がさらに競争力を高める中でも、線路を管理している旅客会社のこのような取り組みは歓迎されます。

しかしながら、現在鉄道各社が取っているような方法を「電力を再生可能エネルギー由来に切り替えた」と表現するのは大きな語弊があると考えています。以下に述べるように、「再生可能エネルギー由来に切り替えた」と言いながらも、電車の運行には系統に接続されている原子力発電や化石資源を燃料とする火力発電の存在が不可欠な現状があり、仮に鉄道だけ発送電設備を分離して太陽光発電と風力発電だけから電力を供給する形にすれば間違いなく停電してしまうでしょう。これは、電車運行という特種な用途に電力を使用することに起因する根源的な問題によるものです。本記事では、この問題とそれにどのような解決策が考えられているのかについて解説していきます。

非化石証書とは

そもそも鉄道会社はどのようにして「再生可能エネルギー由来の電力」を購入しているのでしょうか? 一部の例外を除き、発電所で発電された電力は、発電方法や再生可能エネルギー由来であるかどうかに関わらず、すべて1つの送電網に供給され、そこから鉄道会社や一般家庭へ供給されます。このままでは、再生可能エネルギー由来の電力だけを使おうと思うと発電所から個別に送電線を引いて来なければならず、莫大な設備投資が必要になることになります。

送電網の仕組みと再生可能エネルギー(電圧の数値は一例)
送電網の仕組みと再生可能エネルギー(電圧の数値は一例)

そこで利用されるのが「FIT非化石証書」です。FIT非化石証書とは、鉄道会社などの需要家の「再生可能エネルギー由来の電力を使用したい」という要望に応える仕組みです。まず、政府による再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)で買い取られた電力の量に応じて「FIT非化石証書」が発行されます。「FIT非化石証書」は日本卸電力取引所(JPEX)の「再エネ価値取引市場」で再生可能エネルギー由来の電力を使用したい配電会社や各需要家に販売されます。通常の電気代を払って電力を購入するほかに同量の電力分の「FIT非化石証書」を購入することで、再生可能エネルギー由来の電力を使用したことになるという論理です。分かりやすく言えば、「FIT非化石証書」は再生可能エネルギー由来の電力を使用する権利という言い方ができます。

電力とFIT非化石証書の流通(イメージ)
電力とFIT非化石証書の流通(イメージ)

ここで注意すべきは、「FIT非化石証書」を購入したとしてもその需要家は既存の電力の発送電システムから切り離される訳ではないということです。「FIT非化石証書」はあくまで証書に過ぎず、実際の電力供給は化石燃料を使用する火力発電や原子力発電も接続されている送電網から行われています。この点が後の議論に重要となってきます。

電力供給で大切な「需給のバランス」

電気の特徴は、貯蔵が極めて難しいことです。たとえば、石油は産油国から輸入したものをそのまま使うこともできますし、有事に備えてタンクに備蓄しておくこともできます。これに対し、一度発電した電気を貯めておくことは非常に難しく、高価な蓄電池を利用するか、エネルギー効率が7割と悪く周辺の自然破壊の原因ともなる揚水発電を利用するくらいしか方法がありません。

大規模な地震の直後の停電や太陽光発電の「過剰発電」を伝えるニュースのなかで、「需給のバランス」という言葉を耳にした方もいるかもしれません。交流送電においては、需要と供給のバランスを適切に調整しなければ周波数が変動し、安全装置による停止で連鎖的に発電所が脱落し、最終的に停電に至ってしまいます。詳細はこちらのPDFをご覧ください。

需給変動の原因と影響
需給変動の原因と影響

このようなことから、電力量(=エネルギーの量、kWh)だけを考えていては電力の安定供給を行うことができないことが分かります。ある一日の合計の電力量を安定的に供給できたとしても、ピーク時の需要に見合う電力(=時間当たりエネルギー、kW)を供給できない場合(容量の不足)や、需要などの変動に応じて供給力を増減させることができない場合(調整力の不足)は、大規模停電に至ってしまうことも考えられます。

電力の需給の変動は様々な時間周期で生じます。昼から夜にかけての変化のような数時間単位の変化や、発電機の故障による急激な供給の減少まで様々な形態があり、そのすべてに対応できなければ最悪の場合停電に至ります。停電を防ぐため、下のような対策が取られています。

種類変動周期方法
慣性力数秒以下同期発電機の慣性力による周波数変動の緩和
GF数秒~数分同期発電機の調速機による制御
LFC数分~十数分中央給電指令所で変動量を計算しこれに追従するよう発電出力を制御
EDC十数分~数時間中央給電指令所で需給を予測し発電出力を制御
需給変動を緩和する仕組み(イメージ)
需給変動を緩和する仕組み(イメージ)

少々難しい話となりますが、大事なのは数分以下の需給変動緩和の効果をもつのは、現状では大型の発電所に設置されている「同期発電機」しか存在しないということです。同期発電機とは、大型火力発電所や水力発電所、原子力発電所のタービンの発電機など、商用周波数(50Hzまたは60Hz)と同期して回転する発電機を意味します。この部分さえ理解していればこの後の議論は十分可能なので、下の2段落は読み飛ばしていただいて差支えありません。

4つの供給力緩和のための機能のうち数分以下の変動に対応する機能は上の2つで、いずれも中央給電指令所の指令によらず発電所内で完結する機能です。まず、GF(ガバナフリー)機能は同期発電機の回転数(=系統周波数)を測定します。周波数の変動は需給の変化に対応しており、電力需要を供給が上回ると周波数は増加し、供給が不足した場合は周波数が減少します。GF機能は、周波数の変化に応じて調速機(ガバナー)がタービンに送る蒸気の量を変化させ、例えば周波数が上昇したら蒸気の量を減らし、周波数が下降したら増やすことで電力需給の変化を緩和する仕組みです。これにより、数秒~数分程度の速さで需給に追従でき、中央給電指令所からの指示で電力需給を調整するLFC機能を発動する時間を稼ぐことができます。

数秒より短い急速な変化にはどのように対応しているのでしょうか。現在、このような急速な変動には同期発電機自体の回転の慣性力を利用しています。電力の需要が急増し需給が逼迫すると周波数が低下するので、同期発電機の回転数も低下します。しかし、同期発電機は高速で回転する金属の塊であり、自身の慣性力によってそのままの速さで回り続けようとします。すなわち、自身の回転エネルギーによって発電し、需給の逼迫を緩和する効果があります。逆に、需要の急減に対しては回転数の増加によって系統で余っている電力を吸収することもできます。ちなみに、この機能は同期発電機に限らず系統の周波数と同期して回転している金属の塊であればなんでもよく、例えば工場の大型の産業用モーターなどでも同じ効果がありますし、海外では何も負荷をかけずに系統につなげて回転させているだけのもの(同期調相機)に同じ機能を担わせている例もあるそうです。

ここで注意すべきは、「再生可能エネルギー」の代表とされている風力、太陽光発電は、現状では多くの場合GFと慣性力のいずれの効果も担うことができないということです。どちらも系統周波数に同期して回転する発電機を持っておらず、また需要に応じて発電量を増減するのも難しいことから、需給の緩和が期待できないためです。

電車運行に要する電力需要の特徴とは

さて、電車の運行に関する話題に戻ります。国土交通省の『鉄道統計年報(令和元年度)』によると全国の鉄道会社が電車の運行のために消費した電力は1年間で約173億kWhであり、電力会社に対して合計38億円近い電気代を支払っています。電気事業連合会の統計では、鉄道会社が国内で使用する電力は総発電量の7%を占め、とりわけ近畿圏の鉄道路線網をかかえる関西電力管内では11%もの水準になります。

鉄道会社の電力消費が他の大口需要家と異なる点として、需要量の変動が極めて激しいということがあります。通常の工場などでは、大型のモーターや電気炉を一度始動したらしばらく運転したままにするため大きな変動は発生しないことが多いです。これに対し、電気鉄道では電車が力行を開始したり止めたりする度に需要量に大きな変動が発生します。例えば、新京成電鉄において電車の消費電力を測定した論文において、力行時には電車1編成が最大3000kWの電力を消費した一方、減速時には回生ブレーキにより5000kW近い電力が架線へと逆流していることが分かります。実に、わずか1編成6両の電車が数秒~数十秒の間にメガソーラー数基分に相当する大規模な需要変動を引き起こしていることになります。

もちろん、1つの鉄道会社の管内では多数の電車がバラバラのタイミングで運転しており、また1つの電力会社管内には多数の電車が運行しているため、全体では平均してそれほど変動が大きくならない場合もあるかもしれません。しかし、鉄道会社による電車の運転が激しい需要変動を引き起こす可能性があるという事実を考慮すると、「再生可能エネルギーで電車を運行している」という鉄道会社の主張に矛盾が浮かび上がってきます。

先ほどご説明した「FIT非化石証書」は、電力に対応する「再生可能エネルギーを使用する権利」を購入するものです。しかし上記の通り、電気鉄道の運行には数秒~数十秒以下の需要変動に対応できるような需給調整能力が必要で、現在それは主に水力発電の一部のほか火力発電、原子力発電が担っています。これで、本当に「再生可能エネルギーで電車を運行している」と言えるのでしょうか?

電車の運行と調整力の関係
電車の運行と調整力の関係

本当に「再生可能エネルギーで電車を運行」するために必要なことは何か

ではどうすればいいのか、という話ですが、これについては鉄道会社単独の力で解決することが難しい問題だと考えています。需給調整は送電網全体で行うもので、一需要家に過ぎない鉄道会社ができることは非常に限られてきます。ここでは、短期の需給変動に対する調整力を確保する手段についてみていきます。

まず、蓄電池を設置することが考えられます。すなわち、系統の周波数変動を監視し、必要に応じて高い応答性で充放電できる装置を設けることで、短期の需給変動を緩和することができます。東北電力管内では、周波数変動のためにリチウムイオン電池を使用した蓄電システムを導入する実証実験が2015年から2017年まで行われました。この実証実験では指令所からの指令によって蓄電池が充放電を行うLFCが採用されましたが、蓄電池の充放電の応答性は1000ミリ秒以下となっており、将来は数十秒以下の短期の需給変動に対応できるようなシステムの開発も期待されます。

また、水素やアンモニアを燃料とする火力発電を導入する選択肢もあります。もちろん使用する水素やアンモニアを再生可能エネルギーで製造することが前提ですが、再生可能エネルギーの導入を進めつつ既存の火力発電と同様の技術でGFや慣性力による需給変動緩和の効果を得ることができます。水素は電力と異なり容易に貯蔵することが可能なため、夏場の昼間などに太陽光発電で発電した電力で水素を製造し夜間に燃焼して使用するようなエネルギー貯蔵の手段としても注目されています。

このほか、海外では廃止された原子力発電の発電機を同期調相機として再利用している例があるようです。GF機能はないものの、慣性力による需給調整を担うことは可能です。

いずれの対策も鉄道会社単独では難しい、というのは先ほど述べた通りです。しかし、八戸バイオマス発電などの例のように電力会社や他の企業と協力し水素火力発電を推進していく、ということなら可能なように思います。特に東北電力管内で最大の需要家の一つであることは間違いないJR東日本には、電力量だけではない、調整力という視点も含めて真の意味での「再生可能エネルギー由来の電力による電車の運行」を実現してほしいと期待しています。

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