旅客vs.貨物 構内線路の境界の話

分割民営化の産物

1872年5月7日、日本初の鉄道である品川~横浜間で1番列車の汽笛が鳴り響き、日本の鉄道の歴史がスタートしました。この時以来、鉄道は旅客と貨物の両方を扱うのが当然とされてきました。国鉄の駅は旅客ホームの裏や横に貨物扱いのための側線やホームを構え、雑多な貨車を連ねた各駅停車の貨物列車が旅客列車の合間に走ってせっせと貨車を集配していました。

しかし、国鉄の貨物輸送の衰退やそれに伴う合理化で1984年にヤード集結型輸送が終了し、全国津々浦々の駅から駅まで貨物を輸送するのは不可能となりました。貨物列車は地域の拠点駅から拠点駅へと直行する中長距離のコンテナ列車が中心となりました。一方、同時期に旅客列車は機関車けん引の客車から短距離・高頻度の電車に置き換えが進められ、結果貨物輸送の流動実態や列車の運行実態などが旅客部門と乖離してしまいました。旅客輸送と異なり全国の路線網を駆使した長距離輸送が多いこと、旅客部門と採算を分離し経営責任を明確化する必要から、国鉄の民営化においては6社に分割された旅客部門とは別に、全国を営業範囲とするJR貨物が設立されました。

この分割民営化の際、土地や線路など国鉄の資産を分割してそれぞれの会社に承継する必要が生じました。原則として線路は第一種鉄道事業者として運行を担う各地域の旅客会社に承継されましたが、短距離の貨物支線はJR貨物が第一種鉄道事業者となることになったため、それに関わる資産もJR貨物に承継されました(仙石線石巻港支線、新湊線、東海道本線大阪貨物ターミナル支線など)。さらに、旅客会社が第一種鉄道事業者となっている路線の線路でも、貨物駅構内の線路の一部はJR貨物に承継されました。この結果、貨物駅構内の線路は旅客会社と貨物会社の2社が分担して保有しており、両社の「境界」も存在します。

この駅構内線路における旅客会社と貨物会社の「境界」を今回紹介します。なお、本稿では駅構内図等をもとに旅客会社・JR貨物などの線路の所有権の境界について述べていますが、実際の列車運行に関する業務(信号や分岐器の切り替えなど)や保守作業の管轄境界は線路の所有とは異なる場合がありますのでご了承ください。

越谷貨物ターミナル駅の例

鉄道貨物協会発行の貨物時刻表の巻末には構内図が掲載されていますが、このうちJR貨物関東支社管内の駅を中心に旅客会社とJR貨物の構内線路の境界が掲載されている駅があります。まずはこのうち武蔵野線越谷貨物ターミナル駅の例を見てみます。

越谷貨物ターミナル駅配線略図
武蔵野線 越谷貨物ターミナル駅配線略図

武蔵野線上下本線は旅客会社所有となっていますが、そこから分岐する線路に会社境界があり、貨物列車の着発線や荷役線など駅構内線路の大半がJR貨物所有となっています。一方で、旅客列車の留置線はもちろん武蔵野線上下本線間の渡り線や中線は、貨物列車しか使用しない線路ではありますがJR旅客会社の所有となっているようです。

ちなみに、JR貨物所有の線路では保線もJR貨物職員の手で行われるのが普通であり、ときおりレールを積載した事業用貨物列車(旅客会社の工臨ではなく)が貨物駅に向けて運転されることもあります()。

さて、注意深い方はお気づきかと思いますが、駅北方に飛び地のようにJR東日本所有の側線があります。この線路は武蔵野線の線路のメンテナンスを担う保守用車の基地になっており、JR東日本の所有となっているのは自然です。越谷貨物ターミナル駅が建設された時は旅客も貨物も国鉄の運営だったのでこのようなレイアウトになったのだろうと思いますが、貨物輸送が分社化された結果この保線基地からはJR貨物所有の側線を延々と移動しなければ本線にたどり着けなくなっています

北長野駅の例

続いて、しなの鉄道北しなの線北長野駅をご紹介します。同駅は塩尻方面からやってくる貨物列車の終着駅として機能しており、駅構内の着発線に到着した貨車が入換でコンテナホームへ運ばれています。

北長野駅配線略図
しなの鉄道北しなの線 北長野駅配線略図

こちらも駅横の側線の一部がJR貨物所有となっていますが、端の2本の線路のみしなの鉄道所有となっています。この2本の線路は貨車の入換では使用されず、北しなの線がしなの鉄道に経営分離される前はJR東日本が長野総合車両センターで改造待ちの車両を留置するのに使用していたこともあります。しなの鉄道の経営移管後に使用実績があるかどうかは不明です。わざわざしなの鉄道に承継しないで撤去しても良かったのではないかと思います。

蘇我駅の例

運輸安全委員会の事故調査報告書に蘇我駅の構内図が掲載されており、同駅構内の会社境界の位置が判明しました。

蘇我駅配線略図
外房線 蘇我駅配線略図

越谷貨物ターミナルの例と同じく、貨物列車の運行に使用される線路のみ貨物会社の所有となっており、旅客ホームに面する線路や保守基地はJR東日本所有となっています。ところが、良く考えてみると蘇我駅は前に述べた2駅の例とは明らかに異なっているのです。

貨物会社の所有となっている上り1番線(ホームのない側線のうち最もホーム寄りの線路)は、京葉線と幕張車両センターの間を行き来する毎日運転の回送列車の折り返しに使用されています。旅客会社の線路では配線上京葉線千葉みなと方面~外房線本千葉方面の折り返しができないためですが、曲がりなりにも定期列車である回送列車がJR貨物所有の線路を使用しているというのは興味深いです。

蘇我駅上り1番線で折り返す回送列車
蘇我駅上り1番線で折り返す回送列車

同様に旅客会社の回送列車が貨物列車用の着発線を使用している例は新鶴見信号場や大宮操車場がありますが、残念ながらこれらの信号場・操車場で線路の所有関係がどのようになっているかは手元に資料がありません。

横浜羽沢駅の例

再び貨物時刻表より、東海道本線横浜羽沢駅の例です。同駅は鶴見~東戸塚間の貨物別線の途中にあり、貨物列車のほか特急湘南などが通過しています。かつて同駅は旅客列車でのアクセスが悪く、バスを使うか少し離れた市営地下鉄の駅から歩いていかなければならなかったのですが、2019年に相鉄・JR直通線の羽沢横浜国大駅が開業して以降は手軽に訪問できる貨物駅になりました。

横浜羽沢駅配線略図
東海道本線 横浜羽沢駅配線略図

同駅は、上下本線のほか一見貨物ホームにしか見えないホームに面する線路もJR東日本の所有となっているのが特徴です。このホームはかつての荷物輸送用のホームです。荷物とはかつて国鉄が行っていた小包1個単位で輸送できる小口の貨物輸送サービスであり、旅客の手荷物輸送を起源としており東海道本線など主要幹線を除いて旅客列車に併結された荷物車で輸送されていたため、旅客営業の一部という扱いでした。荷物輸送は一部を除いて1986年までに廃止されましたが、分割民営化の際にこの荷物ホームの線路がJR東日本に承継されたのは、JR化後に一時期流行したカートレインなどで使用される計画があったのかもしれません。

横浜羽沢駅荷物ホーム
横浜羽沢駅荷物ホーム
横浜羽沢駅貨物ホーム
横浜羽沢駅貨物ホーム

駅は国鉄の荷物輸送が廃止された時から完全に時が止まったかのように放置されており、屋根からは12両編成で運行された荷物専用列車の停車位置を知らせる看板がぶら下がっています。羽沢横浜国大駅建設の際は一部が資材置き場として使用されていたようです。

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