貨物線8

相模運輸倉庫専用線跡

横須賀線の田浦駅から港湾の倉庫に伸びていた専用線。全国でも珍しい十字交差の線路が残っています。

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トンネル東端 16:08

京急本線の安針塚駅から歩くこと15分、今回の調査はこの道路トンネルから始まります。「こいつ、道路の配線(配?)まで描き始めたか」という声が聞こえてきそうですが、もちろん廃線跡の調査ですのでご安心ください。

(元共用の道路トンネル)
道路トンネル

振り返ってみます。道路が右にカーブしていて、正面には米国海軍の箱崎貯油施設があります。もしハンドルを切りそこねれば米国施設に車を突っ込むことになり、かなり面倒になりそうです。

(箱崎貯油施設)
箱崎貯油施設

トンネル自体はなんの変哲もない普通のトンネルでした。トンネルの先も片側歩道付きの立派な道路が続いています。……ん?

(トンネル出口)
トンネル出口

線路発見!! こちらが今回調査する「相模運輸倉庫専用線」です。道路脇の線路は半ば路面電車の併用軌道のようで、今は周辺施設の駐車場のようになっています。

(残されたレール)
残されたレール

こんなところで線路が途切れているのは中途半端だと思う方もいるかもしれません。実はこの線路はもともとトンネル内まで伸びていて、引上線として使われていたようです。そうなると、先ほどのトンネルは鉄道と道路の併用トンネルとして建設されたことになります(その面影は全く確認できませんでしたが)。近年道路の拡幅工事が行われ、歩道付きの立派な2車線道路が造られる一方、線路はアスファルトの下に埋められてしまったようです。

(トンネルへ伸びる線路)
トンネルへ伸びる線路

十字交差 16:13

線路終端のすぐ先に、例のものがあります。

(線路同士の十字交差)
線路同士の十字交差

十字交差です。このような線路の十字交差は、営業線路上では名古屋鉄道東名古屋港駅と伊予鉄道大手町駅にしか残っていません。ここは廃線の専用線内なので希少価値はやや落ちますが、それでも関東で唯一残された設置例だと思います。

唯一、と言いましたが、すぐ先にもう1つありましたね(笑)。こちらは半分くらい草に埋もれています。

(線路同士の十字交差)
もう1つの十字交差

十字交差から海側へは、道の両側に2本の線路が伸びています。相模運輸倉庫は港湾一帯にわたって倉庫を持っているため、この線路もそこへ通じているのでしょう(或いは船と貨物のやりとりを行っていたのかもしれません)。残念ながら、ここから先は港湾の為立入禁止です。……看板が錆びて判読不能ですが、立入禁止は立入禁止です。

(海へと伸びる線路)
海へと伸びる道路
(海へと伸びる線路)
その両脇に線路がある
(立入禁止看板)
立入禁止

港湾内にも踏切がありそうです。

(海側を望遠)
海側を望遠

一方、山側です。前述の拡幅工事の時でしょうか、線路は道路の下に埋もれています。むしろ、工事の時に十字交差が撤去されなかったのが不思議なくらいです。

(アスファルトに埋もれた線路)
アスファルトに埋もれた線路

道路の反対側も線路が続いています。線路のこちら側とトンネル方面には連絡線があったようです。すでにすっかり道路の下に埋められています。

(連絡線の跡)
連絡線の跡

踏切跡が確認できました。

(踏切柵)
踏切の柵

線路はこの先で右に曲がり、横須賀線の田浦駅につながっています。

(田浦駅へ向かう線路)
奥が田浦駅

吾妻橋 16:18

トンネルから延びる線路は十字交差の先にも続いています。道路の拡幅用地にもされずに、線路が残っているのは不思議な気がします。相模運輸倉庫(あるいは、その他の港湾関係団体)が今でも土地を所有しているのでしょうか。

(相模運輸倉庫へ続く線路)
相模運輸倉庫へ続く線路

水はけの悪い泥に覆われた線路は、一部が水たまりの底に沈んでいます。先ほどの写真の通り踏切の脱線防止レールがあることから、砂利と泥に埋もれている線路も昔は通常のバラスト軌道だったようです。

(線路跡に水たまり)
線路跡に水たまりが

線路が一旦途切れ、その先で道路は「吾妻橋」を渡ります。残念ながら橋梁部分の線路は撤去されたようです。

(吾妻橋へ)
線路が途切れ吾妻橋へ

西側のみ橋台が残っています。ここで、今辿ってきた線路跡の地下に水路があったことが分かりました(水路は道路の下でも良いはずなので、線路敷地が残っている理由とは思い難いところがあります)。まだ新しいので、恐らく道路拡幅と同時に造られたものでしょう。

(東側橋台)
東側橋台は消失
(西側橋台)
橋台は西側だけ

対岸の西側からはすぐに線路が始まっています。こちらは泥で覆われているのではなく、草が茂っています。

(西詰の線路)
ホームは一部が通路に

踏切もほぼ原形で残っていました。踏切の前後の線路は草に隠れて見えません。

(踏切跡)
踏切跡

海保施設前 16:21

海上保安庁の施設の前で専用線は道路に沿って左へカーブしますが、それとは別に直進する謎のレールを発見しました。カーブする専用線とは繋がっていないので、更に以前に廃止された、いわば「廃線跡の廃線跡」ということになります。

(海保前)
海保前

線形から見て、かつてカーブする専用線から分岐していた線路であることは明らかです。しかし、分岐器があったと思われる箇所には何も痕跡が残っていません。通常の分岐器では長い枕木が使われるはずですが、ここの枕木は一般的な長さの枕木です。直進方向の線路は、カーブ方向の相模運輸倉庫専用線よりかなり前に廃止になったと思われます。

(線路の分岐跡)
線路が分かれていた
(線路の分岐跡)
反対側から

分岐器跡の当りはきれいに除草されていたため、枕木やバラストが観察できました。廃止から15年程度が経っているため、枕木は古びて白くなっています。ところで、貨車などがブレーキ時に鉄粉を排出する貨物線でバラストが白いのは不自然です。鉄粉が風雨で流されてしまったのか、廃止後に何らかの理由で砕石が入れ替えられたのか。

(真新しいバラスト)
真新しいバラスト

直進する線路は港湾入口の踏切を渡ります。奥に倉庫のような建物があるので、この線路はそこへ通じていたのかもしれません。あるいは港湾内でしょうか。先へ進もうとしたのですが……。

(砂利集積場へ)
砂利集積場へ

線路は砂利集積場へ突入しています。残念ながらこの先の線路は砂利の下です。

カーブしている線路をたどってみます。こちらの線路も砂利集積場の入口のあたりで完全に埋まってしまっています。道路ならダンプカーからこぼれる砂利を掃除する必要がありますが、廃止されて久しい線路を掃除する人はいません。

(分岐跡から左へカーブ)
分岐跡から左へカーブ
(線路が砂利で埋没)
砂利で埋没
(線路が砂利で埋没)
所々でかすかに見えるのみ

相模運輸倉庫 16:29

線路は右に曲がり、相模運輸倉庫の敷地内へのびていきます。よくみると、また直進方向に進む線路跡がありました。よほど撤去するのが面倒なようですね。

(右にカーブ)
右にカーブ

直進方向のレールはどこにつながっていたのかよく分かりません。線路をそのまま延ばしていくと写真左の林の中に行き当たりますが、そこに線路の痕跡は見つかりませんでした。倉庫の1つに接続していたのでしょうが、すべてアスファルトの下です。

(右にカーブ)
直進線路は何処へ

左に曲がった線路は相模運輸倉庫の敷地内に入ります。ここはちょうど田浦駅の目の前なのですが、線路は一旦はるばる駅の南側へ行き、1回スイッチバックして十字交差や橋梁を渡り、やっと倉庫内へたどりつくということになります。田浦駅の構内に荷役線を作り、そこから貨車の中身を運んでもよさそうな距離ですが、駅構内が狭く荷役線を作れなかったのだと思います。

(倉庫構内)
倉庫構内へ続く

港湾の線路跡 16:33

港湾内は立入禁止のため、その部分の線路は調査ができません(十字交差で海側へ伸びていた線路です)。立入禁止ですが、海保の建物の脇から少し入ってみます。

(港湾内の線路)
港湾内の線路

線路が1本見えました。港湾で船と貨物のやり取りをしていた線路と思われ、写真右下の先で十字交差につながっています。中央付近をよく見ると分岐器があります。ここから右に伸びる線路は、砂利集積場に突っ込んでいた廃線路でしょう(結局は港湾内に繋がっていたということが判明しました)。

横須賀線田浦駅 16:39

少し歩いて横須賀線田浦駅の跨線橋に上りました。ここから専用線の起点を見てみます。

(田浦駅トンネル)
専用線トンネル
(田浦駅構内)
田浦駅構内

専用線は横須賀線本線と分岐してすぐトンネルに入ります(なお、すでに分岐器が撤去され専用線は本線と切り離されています)。田浦駅は平地と山の間のようなところに立地していて、ホームすら十分な有効長が確保できないほど狭隘ですので、専用線のためにわざわざトンネルを掘るのも仕方ないことです。レポートの最初のトンネルが専用線の引上線として使われていたように、僅かな平地に急カーブ・急勾配を避けて線路を通すのはかなりの苦労が伴うようです。

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調査日
2015年3月12日
公開日
2015年5月16日