いま振り返る1990年代の東海道本線貨物輸送力増強計画【再始動?】

いま振り返る1990年代の東海道本線貨物輸送力増強計画【再始動?】

はじめに

脱炭素の社会的要請やトラックなどのドライバーの残業規制に関する2024年問題を受けて、トラックから鉄道や内航海運へ貨物の輸送手段をシフトするモーダルシフトの取り組みが求められています。このようななか、2023年10月6日に内閣府が発表した物流革新緊急パッケージのなかで、モーダルシフトの推進のために鉄道・内航の輸送量・輸送分担率を今後10年程度で倍増させるという野心的な目標が掲げられました。

内航については当サイトの守備範囲でないので割愛させていただきますが、鉄道の貨物輸送量を10年で倍増させることは本当に可能なのかということについて考えていきます。輸送量を倍増させるには列車本数を増やすか1列車当たりの輸送量を増やすかのどちらか又は両方が必要ですが、前者には機関車や貨車の増備、線路容量の拡大、機関士の増員が必要で、後者も貨車の連結両数を増やすなら貨車の増備や機関車の能力向上、待避線の延伸などが必要で、いずれも容易ではありません。

貨物列車の輸送力増強施策が検討されるのはJR貨物発足以降初めてではありません。東海道・山陽・鹿児島本線では代表的な施策として次のようなものがあります。

  • 東海道本線貨物輸送力増強(1993~1998)
  • 山陽本線貨物輸送力増強(2002~2007)
  • 鹿児島線(北九州・福岡間)鉄道貨物輸送力増強(2007~2011)

特に、「東海道本線貨物輸送力増強」はEF200形機関車の6000kWという大出力を利用し、貨物列車の1600t(32両編成)化を実現することなどで1992年度時点で4万8千トン余りだったコンテナ輸送力を6万8千トンあまりとおよそ4割増加させる計画でしたが、諸般の事情により一部の工事のみが行われた段階で事業が凍結されてしまいました。本記事では「東海道本線貨物輸送力増強」の計画の内容がどのように推移し、計画が途中で凍結されるに至ったかを見ていくとともに、内閣府の目標である鉄道貨物の輸送量倍増を実現するのに何が必要なのかについて考えていきます。

東海道本線貨物輸送力増強~経緯と第2段階以降の頓挫

6000kWの出力を誇ったEF200形機関車
6000kWの出力を誇ったEF200形機関車

1987年にJR貨物が発足した直後、バブル景気の影響もあってコンテナ貨物輸送量は好調が続き、輸送力の逼迫が問題となりました。解体予定の機関車の復活や貨車の増備など即効性のある施策がとられたものの、温室効果ガス・大気汚染ガス排出削減や道路渋滞の緩和のため、さらなる貨物輸送力の増強が求められました。このことから1990年に登場したEF200形機関車は、日本の鉄道史上最大級となる6000kWの出力で1600t列車の高速牽引に対応し、将来の輸送力の増強に対応できるような仕様となりました。さらに、線路容量が逼迫していた東海道本線で地上設備の改修により輸送力を抜本的に増強する計画も立てられました。

「鉄道ジャーナル」の記事によると、当初の計画は2段階で構想されましたが、旅客会社が難色を示したことで計画は見直しを迫られました。

当初の計画では、名古屋口現行(1991年)20両62本、24両35本、26両8本のコンテナ列車をすべて26両化し、あわせて100km/h運転を行なうという第1次計画と、32両1,600t運行を開始するという第2次計画の2段階構成とされていた。JR貨物は、1992年3月には工事施行認可申請を望んだが、関係するJR3社は設備維持費の分担やレール使用料の見直しなど、問題が解決していないとして難色を示したことから、計画の見直しを余儀なくされる。さらに、遅れている間にバブル崩壊による景気の後退で、コンテナ輸送が伸び悩むなど経営環境が大きく変化したこともあって、第1次計画を2段階に分け全体で3段階の構成に改めるという計画の見直しを行なった。

「モーダルシフト政策と東海道本線貨物輸送力増強工事」佐藤信之著(鉄道ジャーナル1998年9月号 pp.144-145)より

最終的に、1993年時点で計画は次の3段階に分けられ、このうち第1段階は1993年時点でJR旅客会社と基本的な合意に達している状態、第2・3段階は引き続き検討中とされました。

年度設定輸送力輸送力増強の内容
長編成化及び列車増発千トン/日
1992年度48.3
(100%)
1993~1996年度26両編成(1,300t)列車の拡大(1996年度)
59.0
(122%)
EF200形式機関車を投入し、EF65の行路のEF66及びEF200への置き換えを行うことにより連結車両数の増加を図り、現在1,000t主体の列車を1,300t主体の列車に長編成化することにより輸送力増強を図る。
(1,300t列車計画本数)
1992年度14本→1996年度63本
1997~1998年度100km/h列車による平行ダイヤ化
8本増発
(1998年度)
66.7
(137%)
変電所等の設備増強を行うことにより、EF200形式機関車の出力を上げスピードアップを行うとともに、旅客列車との競合の少ない深夜、早朝の時間帯(有効時間帯)の平行ダイヤ化を図り増発を行うとともに、列車の1,300t化をさらに進め輸送力増強を図る。
(1,300t列車計画本数)
1998年度112本
1999年度32両編成(1,600t)列車の導入(1999年度)
68.8
(141%)
1,600t列車を設定し輸送力増強を図る。
「モーダルシフト関連事業 東海道線貨物輸送力増強計画」川島省平・水本清志著(JRガゼット1993年7月号 pp.34-37)より 原典の表より行と列を入れ替えたほか、和暦を西暦に直した。

1993年時点で旅客会社と合意されていた第1段階の事業内容は次のとおりでした。

  • 貨物ターミナル駅の改良…東京、名古屋、大阪の各貨物ターミナル駅の着発線、荷役線等の改良
  • 中間退避駅の改良…乗務員交替、旅客列車との協調運行上必要な16駅の待避線等の改良
  • 変電所の新設・改良…既設変電所の容量不足、電圧降下対策として必要な5変電所の新設及び既設発電所の改良
「モーダルシフト関連事業 東海道線貨物輸送力増強計画」川島省平・水本清志著(JRガゼット1993年7月号 pp.34-37)より
出力を落として製造されたEF210形機関車
出力を落として製造されたEF210形機関車

しかし、バブル崩壊後の輸送需要の低迷で状況が一変します。JR貨物は1993年度から4年度連続で経常損失を計上し、経営改善が急務となりました。これに伴い、3段階を予定していた東海道本線貨物輸送力増強の計画は縮小を余儀なくされます。

まず、1600t牽引に対応したEF200形電気機関車の新製は1993年で中止され、1996年より1300t牽引相当の出力に抑えたEF210形の新製が開始されました。もちろん既存のEF200形は残っているので輸送力増強第3段階の1,600t牽引の実現が不可能になったわけではないとは思うのですが、少なくともこの時点で、JR貨物は近い将来に1,600t牽引列車を大量設定するのを諦めたということになります。

また、1996年より開かれた運輸省の有識者懇談会で、上記の輸送力増強計画について次のとおり意見がなされました。

(2)東海道線のコンテナ輸送力増強

平成9(1997)年度末の第一段階の工事の完了により、約50本の列車について26両の長編成化が可能となり、当面その効果を最大限有効に活用していくべきである。

なお、第二段階以降の工事については、輸送需要の見通しやJR貨物の経営状況などを見極める必要があることから、差し当たって工事の着手を延期することが適当である。

「JR貨物の完全民営化のための基本問題懇談会の意見報告の概要」後藤崇輔著(JRガゼット1997年8月号 pp.59-61)より 西暦併記は作者

JR貨物運転技術部長が1998年末に「鉄道ジャーナル」誌に寄稿した記事でも第2段階以降の着手を見合わせている旨が記述されています。

現時点では、これらの増結列車(作者注:第2段階、第3段階の輸送力増強に伴う増結)を運転するうえで前提としていた大阪地区での駅設備の整備が進んでいないこと、列車体系からは、山陽本線区間の地上設備の検討もあわせて必要なこと、当面の経営環境のなかで地上設備の改良を最小限にとどめざるをえないことなどから、第2段階以降については着手を見合わせている。

「使命を背に生き残りをかけて JR貨物のチャレンジ I 東海道本線貨物輸送力増強工事と10月期輸送改善」宮澤幸成著(鉄道ジャーナル1999年1月号 pp.61-62)より

このように、全3段階を予定していた東海道本線貨物輸送力増強は第1段階のみ実施された段階で、事実上凍結されてしまったことになります。

東海道本線貨物輸送力増強~第1段階の概要

輸送力増強工事で電化完成した稲沢線
輸送力増強工事で電化完成した稲沢線

東海道本線貨物輸送力増強の第1段階の工事は1993年に起工し、総工費142億円の費用をかけて1998年3月に完了しました。工事は国による助成対象の認定工事(工事費約49億円)、JR貨物による自社工事(総工費93億円)に分けられ、認定工事は鉄建公団が建設後に施設をJR貨物に譲渡、JR貨物は鉄建公団に対し譲渡代金を25年間の分割払いで返済するというスキームで実施されました。

具体的な工事内容は次のとおりでした(「東海道本線輸送力増強と京葉線ルートへの貨物乗入れ」鎌田康・斉藤慧著(JRガゼット1998年7月号 pp.44-47)をもとに作成)。

認定工事

工事内容場所
線路電化稲沢線、名古屋~名古屋貨物ターミナル間
駅改良富士駅、藤枝駅、金谷駅、磐田駅、幸田駅、大府駅、名古屋貨物ターミナル駅、岐阜貨物ターミナル駅、
変電所新設弁天島、幸田、醒ケ井
変電所増強

自社工事

工事内容場所
線路電化
駅改良西湘貨物駅、函南駅、西浜松駅、笠寺駅、熱田駅、関ケ原駅、能登川駅、野洲駅、大阪貨物ターミナル駅
複数の文献でこのほかに東京貨物ターミナル駅の改良が自社工事として行われると記述があり、「JRガゼット」1998年7月号では書き洩らしと思われる
変電所新設大府、稲沢
変電所増強横浜羽沢、能登川

※その他、「JRガゼット」1998年7月号には吉原駅、清水駅、新居町駅のCTC化工事もあわせて行われたと書かれていますが、事業主体や事業費の分担について明示されていません。

工事はターミナル駅改良3か所で電化延長13.5km、待避線改良15か所で有効長延伸3.2kmという大工事でした。東海道本線名古屋~稲沢間の貨物別線である稲沢線や貨物支線の西名古屋港線(現在のあおなみ線)は電化され、電気機関車の乗り入れが可能となりました。

あおなみ線配線略図(抜粋)
あおなみ線配線略図(抜粋)

この工事の完了により長編成列車の増発が可能となり、2023年現在は名古屋駅基準で1日80本弱の1300t・1200t列車が運転されています。

東海道本線で貨物列車の輸送力倍増は可能なのか?

このように、1990年代の東海道本線貨物輸送力増強では総工費142億円をかけてコンテナ輸送力を2割程度増強することができました。仮に東海道本線の貨物輸送力を現在より倍増させるなら、最低でも数百億円以上の設備投資が必要となることは想像に難くありません。確実に実施するためには公的資金による援助が求められると思います。

例えば、2002年から実施された山陽本線貨物輸送力増強事業では補助対象事業の工事費31億円の30%が国から補助され、2007年からの鹿児島線(北九州・福岡間)鉄道貨物輸送力増強事業でも事業費27.5億円の30%以内が補助されています。東海道本線の貨物輸送で多額の設備投資をするためには、予算の手当てや補助率の引上げが必要になると考えられます。

また、旅客会社との調整も課題となります。東海道本線貨物輸送力増強では旅客会社との調整が後手に回ったことで工事の開始が遅れてしまいました。旅客会社が貨物列車の増発に反発する背景には、貨物会社が「アボイダブルルール」のもと線路の保守に係る費用のうちレール交換などに要する変動費のみを負担し人件費など固定費の支払いを免れていることがあります。今後貨物列車の増発を再検討するのであれば、最低でも固定費のうち列車の増発により新たに必要となる保守要員の人件費・設備投資費用等は貨物会社が負担するようなスキームでないと、旅客会社の反発は避けられないだろうと思います。

今回の「鉄道の輸送量・輸送分担率を今後10年程度で倍増」という目標は国交省ではなく内閣府が掲げているということもあり、果たして実現可能な目標なのか、という部分には疑問が残ります。しかし、倍増とまではいかずとも、輸送需要の高い区間で鉄道貨物の輸送力を増強する事業はモーダルシフトをさらに進めるうえで不可欠であろうと思います。今後の動向を見守りたいと思います。

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