東海道本線の「本線」は垂井駅経由か、旧新垂井駅経由か
この章では、「本線」という用語を①路線の代表的な区間としての「本線」という意味で使用します。
件のWikipedia冒頭には、このような記述があります(本稿執筆時点)。
国鉄時代に制定された日本国有鉄道線路名称および国土交通省監修の『鉄道要覧』では、民営化後の今日に至るまで一貫して垂井駅経由が東海道本線の「本線」である[2][3][4]。
Wikipedia 垂井線より
しかし、これは部分的に不正確な記述です。JTB刊『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』から、本当の国鉄時代の日本国有鉄道線路名称を引用すると次のようになっています。
東京・神戸間、品川・新川崎・鶴見間、東京・新横浜・岐阜羽島・新神戸間、品川・浜川崎・鶴見間、鶴見・横浜羽沢・戸塚間、鶴見・高島間、大垣・美濃赤坂間及び貨物支線
日本国有鉄道線路名称(1987年3月31日) JTB刊『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』より
上記の通り、垂井駅経由・新垂井駅経由の両ルートともに明示されておらず、「東京・神戸間」が両方のルートを含む形で記載されています。実は、新垂井駅経由のルートが線路名称上で初めて明示されるのは民営化時に定められたJR東海線路名称公告が初出となります(下記)。
熱海・米原間、東京・新横浜・岐阜羽島・新大阪間、名古屋・西名古屋港間、大垣・関ケ原間及び大垣・美濃赤坂間
JR東海線路名称公告(1987年4月1日) JTB刊『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』より
したがって、「国鉄時代に制定された日本国有鉄道線路名称……では、民営化後の今日に至るまで一貫して垂井駅経由が東海道本線の『本線』である」という記述は、国鉄時代に関しては誤りとなります。なお、同じ国鉄の公式資料である『停車場一覧』では新垂井駅経由のルートを別線として記載しているものもあるようですが、年度によって取扱いが異なっていてはっきりしないようです。
なお、『鉄道要覧』や前身の『民鉄要覧』にJRの路線が掲載されるようになったのは国鉄の分割民営化後ですが、それ以降の鉄道要覧において旧新垂井駅経由のルートが別線扱いされているのはWikipediaの記述の通りです。
さらに、Wikipedia本文では触れられていませんがJR東海が国土交通省に提出している「事業基本計画」では、東海道本線の区間は次のように記載されています。
熱海~米原
大垣~関ケ原(垂井経由)
名古屋~西名古屋港
大垣~美濃赤坂
JR東海事業基本計画(1987年4月1日) JTB刊『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』より
旧新垂井駅経由のルートが「東京~神戸」に含まれており、別に垂井駅経由のルートが「大垣~関ケ原」として記載されています。事業基本計画の立場に従えば、旧新垂井駅経由のルートが①路線の代表的な区間としての「本線」、垂井駅経由のルートが「別線」ということになります。
このように、垂井駅経由、旧新垂井駅経由のどちらのルートが①路線の代表的な区間としての「本線」にあたるか、というのはどの文献にしたがって路線の区間を決めるかによって変わります。線路名称公告に従う立場では、たしかに垂井駅経由のルートが①路線の代表的な区間としての「本線」、旧新垂井駅経由のルートが「別線」ということになります。
「別線」なのに「下り本線」である理由
上記の議論は、垂井駅経由の線路(垂井線)と旧新垂井駅経由の線路のどちらが下り本線であるかというのとは全く別な話です。なぜかというと、先ほどの「本線」の定義を思い出していただきたいのですが、前章で議論していた①路線の代表的な区間としての「本線」と、「下り本線」という時の③線路の名前としての「本線」は同じ言葉の全く異なる用法だからです。
分かりにくいと思う方は、別な路線で考えてみてください。東北本線の日暮里~王子間には田端経由、尾久経由の2つのルートが存在します。このうち、線路名称公告・事業基本計画とも田端経由のルートが東京~盛岡間の一部、すなわち①路線の代表的な区間としての「本線」、尾久経由のルートが「別線」として扱われています。ところが、尾久経由の線路が東北本線の上下本線、すなわち③線路の名前としての「本線」であることは誰の目にも明らかです。
線路の名前は、両方向の線路が分岐する南荒尾信号場の場内信号機に記載されています。場内信号機の記載内容は次のようになっています。
垂井駅経由の線路が「垂(井線)」、旧新垂井駅経由の線路が「東(海道本線)」すなわち③線路の名前としての「本線」である下り本線として扱われていることが分かります。信号機の上下の位置関係を見ても、旧新垂井駅経由の線路が垂井線より格上に扱われていることが分かります。また、こちらのサイトに掲載されている1992年時点での配線図においても旧新垂井駅経由の線路が「東海道下本線」、垂井駅経由の線路が「垂井線」と記載されています。
すなわち、まとめると次のようになっています。
経由 | ①路線の代表的な区間としての本線(線路名称公告基準) | ③線路の名前としての本線 |
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垂井駅経由 | 路線の代表的な区間としての「本線」 | 垂井線 |
上り本線 |
旧新垂井駅経由 | 別線 | 下り本線 |
すなわち、旧新垂井駅経由のルートは①「別線」であり、そこに敷かれている線路は③「下り本線」で、垂井駅経由のルートは①路線の代表的な区間としての「本線」であり、そこに敷かれている線路は③「垂井線」及び「上り本線」であるということになります。