貨物線6

酒田港駅3 専用線群

駅北側に広がる専用側線群へ向かいます。すでに使用されていないようですが、果たして現状はどのようになっているのでしょうか。

酒田港駅構内図
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西系統専用線

西系統専用線は、貯木場線から分岐して90°カーブし、陸橋に沿って北上します。陸橋から線路を見たのが次の写真です。

(西系統専用線)
西系統専用線 左奥が駅中心部

残念ながら、西系統専用線の線路は一部撤去されてしまったようです(孤立した線路になるため配線略図からは削除されます)。幸いなことにレール自体はまだ残っているので、調査を続けます。

西系統専用線からは、東北東ソー化学専用線が分岐していました。「貨物時刻表」の構内図には、荷役線や仕分け線を始め何本か線路が描かれています。その現状がこちらです。

(東北東ソー化学専用線跡)
西系統専用線 東北東ソー化学専用線跡

すでに跡形もありません……。昔の写真にはスイッチャーの車庫や植え込みなどが写っていますが、すべて撤去されていました。

(東北東ソー化学専用線跡)
更地にされてしまった

陸橋の先には踏切跡がありました。警報板などは撤去され、線路部分の溝もアスファルトで埋められてしまっていました。

(踏切跡)
踏切跡
(陸橋を振り返る)
陸橋を振り返る

その次の踏切の近くで、3万屯岸壁に通じる線路が分岐しています。

(警報機と遮断機が残る)
警報機と遮断機が残る踏切
(踏切で分岐する線路)
踏切で分岐する線路

岸壁の方を振り返ってみると……。

(線路の上に無情にも柵が)
線路の上に無情にも柵が
(線路上のプレハブ小屋)
線路上のプレハブ小屋

金属柵とプレハブ小屋が行く手を阻みます。まるで、線路がそこに無いかのよう……。せめて岸壁への出入り口を右にずらせば、線路が塞がれる事態にはならなかったはずなのに。

岸壁への線路が分岐した先の線路です。途中で撤去された部分はあるものの、終点の2つの車止めは残っている模様です。詳細は草むらに埋もれて不明でした。

(レールが撤去されている部分)
レールが撤去された部分
(車止め)
車止め

荒荷線

東系統専用線に向かう前に寄り道しました。貯木場線から分岐して、跨線橋をくぐりコンテナホームの北側へ延びる「荒荷線」です。

(陸橋から見た荒荷線)
陸橋から見た荒荷線
(荒荷線の踏切)
荒荷線の踏切

踏切に警報板はなく、本来車輪が通るレールの溝も砂で埋まっています。

荒荷線自体は草に埋もれて調査不能でしたが、その後ろに見覚えのある鉄塊を発見しました。なんと、輪切りにされたタンク貨車がスクラップ工場の仕切りにされています。荒荷線では、使用済みの私有貨車の解体が行われていたそうなので、その際に発生したタンク体をそのまま転用しているようです。

(荒荷線沿いに並ぶ廃車体)
荒荷線沿いに
(荒荷線沿いに並ぶ廃車体)
並ぶ廃車体

東系統専用線

東系統専用線の末端部分にワープします。

(東系統専用線 左が酒田港駅中心部)
東系統専用線 左が酒田港駅中心部
(1万屯岸壁へ)
1万屯岸壁へ

1万屯岸壁に通じる線路です。90°曲がって岸壁沿いに続いていたようですが、レールは撤去されているようです。

(踏切柵)
踏切柵

ちなみに踏切柵はレール製です。

(ヨット駐機場にされた線路跡)
ヨット駐機場にされた線路跡

線路敷地はヨットの駐機場に転用されていました。

(踏切跡)
踏切跡

諦めずに先に進むと、駐機場の先で撤去され残った線路を発見しました。「貨物時刻表」の通り線路は3線あります。

この踏切の脇に、思いがけない内容の看板がありました。

(酒田市街!?)
酒田市街!?
(看板の先には海……)
看板の先には海……

……酒田市街。写真をご覧になってお分かりのとおり、看板の先には海しかありません。竜宮城でもあるまいし……。

(草に埋もれた入換標識)
入換標識
(線路終端)
線路終端

線路の終点です。生い茂る草の中に車止めや入換標識が残されています。そういえば、作者が見落としていなければ東西系統専用線の中で入換標識が確認できたのはここだけでした。

続いて東北東ソー化学西工場構内を見てみます。写真中央の建物付近に線路があるようですが、よく見えませんでした。

(東北東ソー化学西工場専用線の線路)
ここに線路があるはず

この写真のあたりで砂に滑って自転車ごと転んだのですが、それはそれとして……。

工場入口に回ってみます。

(東北東ソー化学西工場専用線の交差点)
専用線の交差点

こちらの交差点を横切っている線路が東北東ソー化学専用線です。奥には先ほどの1万屯岸壁も見えます。

(東北東ソー化学西工場の中)
西工場の中
(東北東ソー化学西工場の中)
線路は奥の方へ

工場内で線路は左に急カーブしています。ここから先は工場敷地内のため調査は出来ませんが、平沼義之さんのレポートによると線路は残っている模様です。

東系統専用線沿いに、酒田港駅中心部に戻っていきます。草が深くてよく見えないものの、線路が何本かに分かれているようです。

(2本の線路)
2本の線路

途中の踏切は、なんと交差する道路ごと廃止されていました。遮断棒や警報機を撤去せず、ガードレールで道を強引に塞いでいます。

(踏切跡)
踏切跡

しばらく進んだ踏切の先で線路は右にカーブします。この辺りから線路が光ってきました。

(踏切 この先は駅中心部)
この先は駅中心部
(今も使われているレール)
今も使われているレール

酒田港駅に戻ってきました(この記事冒頭の写真とほぼ同じ場所の、反対側を見ています)。東系統専用線は、この付近で引き上げ線として現在も使われています。線路も警報機もまだまだ現役です。

(東系統専用線)
引上線となっている東系統専用線

こちらは酒田駅への線路です。

(酒田駅への線路)
酒田駅への線路

そして、東系統専用線と酒田駅への線路との間に、もう1つ踏切があります。

(酒田食糧倉庫踏切跡)
食糧庁倉庫の踏切跡
(木々に埋もれた倉庫の中)
木々に埋もれた倉庫の中(露出失敗しました)

こちらは、山形食糧事務所酒田政府倉庫専用線です(事務所名には諸説あるようです)。かつて食糧管理制度の下で大量の米が備蓄されていたものの、1992年以降は使用されず放置されています。「貨物時刻表」にも、この専用線は描かれていないため、相当前に線路が撤去されたものとみられます。

さて、これで調査は終了しましたが、自転車ごと転んだ作者の足はどうなったかというと……。結局軽い打撲をしていたようで、痛みに耐えきれず新潟県の中条という駅から真っ暗な道を1kmほど歩き、マ●モトキヨシで湿布を買うはめになりました。皆さんが現地を訪れる際は、くれぐれも足元にご注意ください……。

酒田港駅構内図

※ 写真は全て踏切または公道などから撮影。

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調査日
2013年8月5日
公開日
2015年8月29日