ATSがあっても安全側線が必要な理由

ATSがあっても安全側線が必要な理由

なぜ安全側線が必要なのか?

鉄道の運転において、信号機とは絶対に守らなければならないものです。ところが、運転士のミスやブレーキの故障のため停止現示の出発信号機を行き過ぎてしまう(冒進)事故は少なくありません。そのような場合の最後のセーフティーネットとなるのが、安全側線です。安全側線は出発信号機の少し先に設置されている行き止まりの側線で、分岐器が常時行き止まりの線路の方向に切り替えられており、出発信号機が停止以外(進行など)を現示し列車が出発することが可能になった時にだけ先の線路の方向に切り替わるという特徴があります。

安全側線とは
安全側線とは

例えば単線区間の交換駅に進入した列車が運転士の信号見落としなどのため停止信号で停まりきれない場合、安全側線がなければそのまま出発信号機とその先の分岐器を通り過ぎ、最悪の場合対向列車と正面衝突してしまいます。安全側線がある場合でも、列車は安全側線の先の車止めに乗り上げ、脱線してしまうことになります。どちらのケースも重大事故につながる可能性はありますが、2つの列車の乗客に危険が及ぶ正面衝突に比べ、信号機を冒進した側の列車の単独事故で済む脱線事故の方が被害が少なくなると考えられます。これが、安全側線の元来の役割です。

安全側線の役割
安全側線の役割

もちろん、駅のすべての線路に安全側線を必ず設けなければならない訳ではありません。互いに進路を支障しうる2つの列車が同時に駅構内に進入・進出する場合、次のような安全対策を取らなければならないことが定められています(鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準X-14、旧国鉄運転取扱基準規程第55条)。

  • 対向列車など互いに支障するおそれのある列車はそもそも同時に駅構内に進入させず、いずれか一方を抑止しておく
  • 警戒信号(25km/h)を現示して列車を進入させる
  • 列車の進路に対し信号機前方に一定程度(旧国鉄運転取扱基準規程では150mだったが、現行の解釈基準では100mに緩和)以上の過走余裕距離を設ける
  • 安全側線を設ける

上記の条件を、単線区間の交換駅に当てはめると次の図のようになります。

単線区間の交換駅で列車を同時進入させる方法
単線区間の交換駅で列車を同時進入させる方法

1つ目は安全側線の設けられていないローカル線の交換駅で広く行われている方法で、同時進入する2つの列車の一方を場内信号機の手前で抑止しておく方法です。保安度は高いものの、鉄道の運転保安に詳しくない乗客にしてみれば良く分からない理由で駅の手前で待たされるわけで旅客サービス上問題があります。2つ目、3つ目の対策も列車本数が過密だったり駅構内が手狭だったりする場合は難しい場合が多いと思います。そこで、主要幹線を中心に安全側線が設けられ列車の同時進入・進出が可能となっています。

安全側線の限界とATSの登場

ところが、安全側線が列車の多重衝突事故を防げなかった事例が国鉄時代の1956年に発生した六軒事故、及び1962年に発生した三河島事故でした。いずれの事故も、安全側線で脱線した車両が他の列車の進路を支障し衝突事故となってしまいました。特に三河島事故では、周囲の列車の抑止手配が遅れたこともあって死者160名、負傷者296名の大惨事となりました。

事故後、国鉄で急ピッチで整備がすすめられたのが、停止信号を冒進しようとした列車に自動的にブレーキを作動させるATS(自動列車停止装置)です。現在のJR各社でもローカル線を中心に、このときに開発されたATSをベースとしたATSが広く採用されており、ATS-Sxと総称されています。ここで、「ATSがあれば停止信号で停止できるのだから、安全側線は不要なのではないか?」という疑問が湧きます。

ATSの登場後も必要な安全側線

ところが、ATSの登場後も安全側線が設置されている例があります。例えば、函館本線の新函館北斗駅は北海道新幹線が開業した2016年前後に大規模な配線変更が行われていますが、各線路にはこれでもかと安全側線が設置されています。

函館本線配線略図(抜粋)
函館本線配線略図(抜粋)

もちろん、ブレーキの故障や雪による滑走が発生すればATSがあろうとも列車を停めることはできないので、暴走列車の前方に立ちはだかり強制的・物理的に列車を停止させることができる安全側線の役割は一定程度存在します。ただ、ATS-Sxの設置路線における安全側線には、ブレーキ故障時に列車を停める以外の重要な役割があります。これには、ATS-Sxが停止信号で列車を停めるメカニズムに関わる問題があります。

ATS-Sxは「点制御式」と表現され、信号機の手前に複数設置された地上子の作用によって列車を安全に停止させます。まず、信号機のかなり(約600m以上)手前に設置された地上子の直上を列車が通過すると、運転台で「ジリリリリリ……」という警報音が鳴り響きます。このまま何も操作を行わなければ非常ブレーキが動作しますが、5秒以内にブレーキをかけたうえで確認ボタンを押す「確認扱い」という操作を行うことで「キンコンキンコン」という警告音に変わります。その後は運転士が手動でブレーキ操作を行い、停止信号の手前、または駅構内なら所定の停止位置で列車を停止させます。

「確認扱い」を行ったあと、運転士の不注意など何らかの原因で列車が停止信号を行きすぎそうになったり、せっかく停めた列車を信号機の現示を確認しないままうっかり発車させてしまう場合も考えられます。このような場合に備えて信号機のすぐ手前に設置されているのが「即時停止機能用地上子」で、この地上子の直上を列車が通過した場合は即座に非常ブレーキがかかり列車が停止します。このため、列車は停止信号の手前で安全に停止できる、ように見えます

ATS-Sxの作動するしくみ
ATS-Sxの作動するしくみ

ところが、この「即時停止用地上子」で列車が停止信号までに停まれるとは限りません。「即時停止用地上子」は、直上を列車が通過してから非常ブレーキがかかり列車が停止するまでの距離だけ信号機の手前に設置するのが理想です。即時停止用地上子は通常信号機の約20m手前に設置されますが、例えば駅構内で再加速した場合など地上子を通過する時点で列車の速度が高い場合、ブレーキをかけてから列車が停止するまでの過走距離が長くなり、20mの間に停止することができません(実際、2015年に高徳線オレンジタウン駅で列車がATSの非常ブレーキで停まれず安全側線で脱線しています)。さらに、狭い駅構内の場合、出発信号機から20m手前に即時停止用地上子を設置すると列車の停止位置より手前になってしまうことも考えられます。駅の所定の停止位置に列車が停車する前に非常ブレーキがかかるのでは使い物になりませんので、この場合はやむを得ず出発信号機に近い位置に即時停止用地上子を設置することになります。

このように、ATS-Sxは停止現示の信号機の手前で非常ブレーキをかける機能があるものの、厳密には信号機の位置までに確実に停止できる保証はありません。このため、ATS-Sxの設置路線で交換駅での同時進入をするためには、前述した構内を広くして過走余裕距離を確保する、安全側線を設置する等の対策が引き続きとられている例が多いようです。

安全側線が不要な場合

ところで、ATSの種類によっては安全側線が設置されない場合もあります。特徴的なのは奥羽本線・仙山線の羽前千歳駅の例です。

奥羽本線配線略図(抜粋)
奥羽本線配線略図(抜粋)

同駅では、標準軌の奥羽本線(山形新幹線)と狭軌の仙山線が平面交差しています。図に示した通り、仙山線の線路にのみ安全側線があり、奥羽本線の線路にはありません。これは単に新幹線が優先されているのではなく、仙山線がATS-Sxの一種であるATS-SNを採用しているのに対し、奥羽本線はATS-Pを採用しているためだと考えられます。

ATS-Pの「P」は「パターン(pattern)」を意味しています。ATS-Pにおいても信号機の約600m手前に地上子が設置されていますが、この地上子を通過した車両は単に運転士に警告を発するのではなく、出発信号機の手前で安全に列車を停止するための「減速パターン」を生成します。その後ATSが列車の速度と信号機までの距離を常にパターンと比較し、パターンを超えた場合は常用最大ブレーキを動作させて安全に列車を信号機手前で停止させる仕組みです。

ATS-Pの作動するしくみ
ATS-Pの作動するしくみ

ここで重要なのは、ATS-PではブレーキやATS装置自体が正常に動作している限り列車を安全に停止信号の手前で停止させることができるという点です。即時停止用地上子を通過するまでは理論上何km/hでも速度を出せてしまうATS-Sxと異なり、ATS-Pでは地上子を通過後列車の速度と位置を常にパターンと照合し続けるため、現在の速度から停止信号の手前で確実に停止できるようブレーキを作動させることができます。このように、ATS-Pをうまく利用すれば安全側線や過走余裕距離などに頼らず列車を同時進入・進出させることが可能となる(五日市線秋川駅の例)ため、羽前千歳駅でも標準軌の線路に安全側線が設けられてないと考えられます。

また、もっと分かりやすい例が奥羽本線と秋田新幹線の神宮寺駅・刈和野駅です。

奥羽本線配線略図(抜粋)
奥羽本線配線略図(抜粋)

両駅では、三線軌条のうち狭軌の線路にのみ安全側線が設けられています。これも、秋田新幹線など標準軌の線路を走る列車の保安装置がATS-Pなのに対し、狭軌の線路を走る列車はATS-SNであるためであると考えられます。なお、神宮寺駅・峰吉川駅で狭軌の線路と標準軌の線路が合流する部分には安全側線がありませんが、これらの箇所では信号機と分岐器の間に150m以上の過走余裕距離が設けられているようです。

ATS更新と構内配線簡素化

前記の通り、ATS-Pを導入し列車の同時進入が可能となった線区では保安設備としての安全側線の必要性が薄れています。もちろん、車両基地や保線基地、貨物ヤードから車両が逸走するのを防いだり降雪などでブレーキが効きづらくなった列車を物理的に停止させたりといった場面で安全側線は依然有効ですが、昨今の線路の保守要員の人員難や働き方改革の影響、さらに鉄道会社の設備固定費の削減が望まれていることがあり、安全側線の撤去がひっそりと進んでいます。

川越線では、2000年頃までに全線でATS-Pが整備されています。ATS-Pの設置後も一部の駅で安全側線が引き続き使用されていますが、最近になって的場駅下り線に設置されていた安全側線が撤去されました(下図)。

川越線配線略図(抜粋)
川越線配線略図(抜粋)

小田急線でもここ数年で安全側線の撤去が進んでいます。小田急線ではかつてOM-ATSという点制御式のATSが使用されていました。このATSは停止信号の数十m手前に18km/hの速度制限を設けたうえで信号直下に即時停止用地上子を設置するという厳重なものですが、JRのATS-Sx同様出発信号機のすぐ横では停止できない可能性を残しています。このため、新百合ヶ丘駅、海老名駅など小田急線の待避線のある駅では安全側線が設けてある例がありました。

小田急小田原線配線略図(抜粋)
小田急小田原線配線略図(抜粋)
小田急小田原線配線略図(抜粋)
小田急小田原線配線略図(抜粋)

小田急では2015年までに全線で新型のATSであるD-ATS-Pの導入を完了しています。D-ATS-PはJRのATS-Pと同様パターン制御を行うことができるため、決められた位置で確実に停止することができます。このためだと思われますが、最近になって上記新百合ヶ丘駅、海老名駅の安全側線が撤去されました。今後、高架上にあることで知られる本厚木駅の安全側線にも撤去が波及するかどうかも注目されます。

ATS-SWで同時進入を実現した北条鉄道(2021年8月10日追記)

記事執筆後、安全側線のない北条鉄道法華口駅で2列車が同時進入しているという情報提供をいただきました。

同駅構内へ進入する列車は2灯式信号機の進行信号に従って入線し、構内に安全側線や過走余裕距離が設けられているようにも見えないため、この駅に関しては点制御式であるATS-SWのみによって列車の同時進入を実現しているということになります。

もちろん、北条鉄道が安全を軽視しているわけではありません。前面展望を確認すると、構内の分岐器手前に1対のATS地上子と「25km/h」という表示があり、さらにその先にも1対のATS地上子と「10km/h」の表示があります。実は、JR東海以西で導入されているATS-Sx各種(ATS-ST、ATS-SW、ATS-SS、ATS-SK)には上記の停止信号手前の警告機能、直前の即時停止機能のほかに速度照査機能がついており、制限速度に応じた距離で設置された1対の地上子を0.5秒以内の間隔で通過すると非常ブレーキが作動する機構があります。場内信号機を警戒信号とするかわりに構内の分岐器の手前で25km/hの速度照査をすることで、わずかながら運転時分を短縮しているようです。

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