貨物列車が法律上「電車」に?

貨物列車が法律上「電車」に?

※本記事では法律の話題を扱っています。本記事の内容はあくまで雑学の類としてとらえていただき、ご自身が現実に遭遇した事件については弁護士などの専門家にご相談ください

はじめに

EF66牽引の貨物列車
EF66牽引の貨物列車

キャッチーなタイトルをつけてみました。ご存知の通り、M250系貨物電車はともかく一般の機関車牽引の列車を「電車」と呼ぶことはありません。しかし、過去にとある法律についての裁判で貨物列車が「電車」と言及された例があるようです。

その法律とは、刑法です。刑法とは、刑罰の種類など犯罪に関する総則規定と、殺人や詐欺など主要な犯罪の類型と処罰を定めた法律であり、第2章に列挙されている罪のうちいくつかに「汽車又は電車」という用語が登場します。

(現住建造物等放火)
第百八条 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

(現住建造物等浸害)
第百十九条 出水させて、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車又は鉱坑を浸害した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する。

(往来危険)
第百二十五条 鉄道若しくはその標識を損壊し、又はその他の方法により、汽車又は電車の往来の危険を生じさせた者は、二年以上の有期懲役に処する。
2 (略)

(汽車転覆等及び同致死)
第百二十六条 現に人がいる汽車又は電車を転覆させ、又は破壊した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 (略)
3 前二項の罪を犯し、よって人を死亡させた者は、死刑又は無期懲役に処する。

(往来危険による汽車転覆等)
第百二十七条 第百二十五条の罪を犯し、よって汽車若しくは電車を転覆させ、若しくは破壊し、又は艦船を転覆させ、沈没させ、若しくは破壊した者も、前条の例による。

(過失往来危険)
第百二十九条 過失により、汽車、電車若しくは艦船の往来の危険を生じさせ、又は汽車若しくは電車を転覆させ、若しくは破壊し、若しくは艦船を転覆させ、沈没させ、若しくは破壊した者は、三十万円以下の罰金に処する。
2 その業務に従事する者が前項の罪を犯したときは、三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

刑法(明治40年法律第45号)より

ここで、「汽車」「電車」とは蒸気機関、電動モーターを動力源に軌道上を走行する車両を意味しています。それでは、ディーゼルエンジンで動く気動車(ディーゼルカー)や燃料電池動車、電気機関車が牽引する列車はこれらの罪の対象になるのでしょうか?

ディーゼルカーが「汽車又は電車」に入るかどうかなど単なる言葉遊びに過ぎない、という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、例えば現に人がいるディーゼルカーに放火した犯人の裁判を行う際、現住建造物等放火の罪が問われれば法定刑の上限が死刑なのに対し、建造物等以外放火の罪であれば最大でも懲役10年となり、刑の重さが全く異なります。どちらでもよいで済まされる問題ではないのです。

ガソリンカー事件

刑事法の教科書に必ずといってよいほど出てくる判例が、いわゆる「ガソリンカー事件」です。これは、三重県にあった中勢鉄道という会社の運転士が遅延回復のため制限速度15km/hを大きく超えた27km/hでカーブを曲がろうとした結果、脱線転覆し乗客2名が死亡、八十数名が重軽症を負った事件です。裁判で、弁護人は刑法129条の客体は汽車・電車または艦船と明記されていて、ガソリンカーはこれに含まれないので、129条を適用することはできないと主張したのです。

判決は次のように上告を退けています。

刑法第129条ニハ其ノ犯罪ノ客体ヲ汽車、電車又ハ艦船ト明記シアリ而(しか)モ汽車ナル用語ハ蒸気機関車ヲ以テ列車ヲ牽引シタルモノヲ指称スルヲ通常トスルモ同条ニ定ムル汽車トハ汽車ハ勿論本件ノ如キ汽車代用ノ「ガソリンカー」ヲモ包含スル趣旨ナリト解スルヲ相当トス蓋(けだ)シ刑法第124条乃至(ないし)第129条ノ規定ヲ設ケタル所以(ゆえん)ノモノハ交通機関ニ依ル交通往来ノ安全ヲ維持スルカ為メ之カ妨害ト為ルヘキ行為ヲ禁シ以テ危害ノ発生ヲ防止セントスルニ在ルコト勿論ナレハ汽車ノミヲ該犯罪ノ客体ト為シ汽車代用ノ「ガソリンカー」ヲ除外スル理由ナキノミナラス右両者ハ単ニ動力ノ種類ヲ異ニスル点ニ於テ重ナル差異アルニ過キスシテ共ニ鉄道線路上ヲ運転シ多数ノ貨客ヲ迅速安全且(か)ツ容易ニ運輸スル陸上交通機関ナル点ニ於テ全然其ノ軌ヲ一ニシ(中略)之カ取締ニ付テモ亦両者間何等ノ差異ヲ設クヘキ理拠アルコトナク(後略)

大判昭15・8・22刑集19巻540頁より 太字、カッコは作者

すなわち、刑法の規定は交通機関の往来の安全を維持する妨げとなる行為を禁止する趣旨であり、動力の差異はあれど汽車と同じく鉄道線路上を運転し多数の旅客や貨物を輸送する陸上交通機関であるガソリンカーは汽車に含めるべきだと主張しています。

また、東海道本線の線路上に火炎瓶とガソリン瓶が投げ込まれた事件(たまたま現場近くにいた国鉄の工事関係者が火を消し止め大事に至りませんでした)では、直後に通過した電気機関車牽引の貨物列車の貨車のエアホースが焼損するおそれを招いたことについて判決文が「電車の往来の危険」という用語を使用しています。電気機関車が牽引する貨物列車は電車に含まれるということなのでしょうか。

原判決は前記のように、本件火炎びん等の火炎により本件貨物列車の一四両目ないし三一両目のいずれかの連結部エアホースが直接炎にさらされるためこれが大きく焼損される蓋然性を認めながら、その火力がさらに列車にまで延焼すると認めるに足りる証拠がないとの理由で電車往来の危険を生ぜしめたということはできないと判示しているけれども、関係証拠によると、本件貨物列車のブレーキ装置は貫通自動(空気)ブレーキであるが、エアホースは右ブレーキ装置の一部として重要な部分を構成しており、(中略)エアホースを焼損することは、たとえそれ以上に貨車の車体部まで延焼しなくても、そのこと自体列車の一部を焼損することであり、これがとりもなおさず列車火災の一態様であるということができるのである。(中略)次に論旨は本件によつて「エアホースの焼損」以外の列車火災の危険をも生じたというのであるが、証拠を検討すると、(中略)エアホースの焼損のほか、さらに列車の他の部位を焼損するおそれがあつたと認定することは困難であり、この点の原判決の判断は結論において誤りはない。(中略)検察官の所論は、さらに、軌道火災の危険、列車の脱線・転覆の危険、後続列車による追突の危険をも生じたと主張するのであるけれども、(中略)右所論の各危険については証拠を検討しても、にわかにその存在を肯認することはできない。(中略)本件においては貨車連結部のエアホースの焼損事故発生のおそれを招いたことが、とりもなおさず列車火災事故発生のおそれを招来させ、これによって電車の往来の危険を生ぜしめたものであると認められる

大阪高判昭50・7・1刑月7巻7=8号767頁・判時803号128頁・判タ333号335頁 太字は作者

学説も概ねこれを支持しています。大塚仁ほか『大コンメンタール刑法第三版第7巻』(青林書院)によれば、汽車とは「蒸気機関車によって列車を牽引し、線路上を走行する交通機関」、電車とは「電力によって軌道上を走行する交通機関」です。規定の趣旨から「動力の差異はあっても構造的・機能的に酷似したものは汽車ないし電車と同一視してしかるべき」ものであり、このためディーゼルカーも汽車・電車に含まれることになります。また、ケーブルカー、モノレールも電車に含まれる一方、バス、トロリーバス、ロープウェイは含まれないという説が多いようです。

『大コンメンタール刑法第三版第7巻』の記述をまとめると次のようになります。

汽車・電車に含まれる汽車・電車に含まれない
機関車、客車、貨車、電車、気動車、ケーブルカー、モノレールバス、トロリーバス、ロープウェイ

最近は電気式気動車、ハイブリッド気動車、蓄電池車、燃料電池車のような架線のない場所で電力により動く車両やDMVなどバスと電車の一人二役の車両が実用化されていますが、このような車両の扱いはどうなるのでしょうか。この問題が現実に意識されるのは、このような車両に関して不幸な事件が発生した場合になるので、まずはそのような事件が起こらないことを祈りたいものです。

なぜ「汽車又は電車」なのか?

そもそも、現行刑法はなぜ「鉄道車両」ではなく「汽車又は電車」という混乱を生じかねない表現をしているのでしょうか? その謎に迫るため、刑法の制定された歴史を振り返ってみます。

明治維新以降、近代国家としての体裁を整える一環として法律制度の整備が急がれました。そのような中、1880年に日本で最初の刑法(明治13年太政官布告第36号)が公布されました(通称「旧刑法」)。フランス刑法典をもとに起草されたこの刑法は制定当初から不満や批判が強く、このため1890年には早くもドイツ刑法典をもとに起草された改正草案が帝国議会に提出されています。しかし、諸問題からこの草案は廃案になり、その後も数次にわたり改正草案が帝国議会に提出されては廃案となるのを繰り返しました。結局、改正の努力は1907年になって身を結び、このとき現行の刑法(明治40年法律第45号)が制定されました。その後、日本国憲法の施行に伴う改正や1995年の口語化改正などを経て現在の刑法の姿となっています。

まず、旧刑法で鉄道車両に関する罪がどのように規定されていたのを見てみましょう。

第百六十五條 汽車ノ往來ヲ妨害スル爲メ鐵道及ヒ其標識ヲ損壞シ其他危險ナル障礙ヲ爲シタル者ハ重懲役ニ處ス

第百六十九條 第百六十五條第百六十六條ノ罪ヲ犯シ因テ汽車ヲ顛覆シ又ハ船舶ヲ覆沒シタル時ハ無期徒刑ニ處シ人ヲ死ニ致シタル時ハ死刑ニ處ス

第四百五條 火ヲ放テ人ヲ乘載シタル船舶汽車ヲ燒燬シタル者ハ死刑ニ處ス
② 其人ヲ乘載セサル船舶汽車ニ係ル時ハ重懲役ニ處ス

刑法(明治13年太政官布告第36号)より

「汽車」のみについて規定され、「電車」という語は用いられてていません。また、1890年に帝国議会に提出された第一次改正草案(資料1資料2)においても「滊車」という用語が使用され、「電車」という言葉は用いられていません。

一方、1907年に制定された現行刑法には、当初から「汽車又ハ電車」という書き方がなされています。

第百八條 火ヲ放テ現ニ人ノ住居ニ使用シ又ハ人ノ現在スル建造物、汽車、電車、艦船若クハ鑛坑ヲ燒燬シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ五年以上ノ懲役ニ處ス

第百十九條 溢水セシメテ現ニ人ノ住居ニ使用シ又ハ人ノ現在スル建造物、汽車、電車若クハ鑛坑ヲ浸害シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ處ス

第百二十五條 鐵道又ハ其標識ヲ損壞シ又ハ其他ノ方法ヲ以テ汽車又ハ電車ノ往來ノ危險ヲ生セシメタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ處ス
② (略)

第百二十六條 人ノ現在スル汽車又ハ電車ヲ顛覆又ハ破壞シタル者ハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ處ス
② (略)
③ 前二項ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ死ニ致シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ處ス

第百二十七條 第百二十五條ノ罪ヲ犯シ因テ汽車又ハ電車ノ顛覆若クハ破壞又ハ艦船ノ覆沒若クハ破壞ヲ致シタル者亦前條ノ例ニ同ジ

第百二十九條 過失ニ因リ汽車、電車又ハ艦船ノ往來ノ危險ヲ生セシメ又ハ汽車、電車ノ顛覆若クハ破壞又ハ艦船ノ覆沒若クハ破壞ヲ致シタル者ハ五百圓以下ノ罰金ニ處ス
② 其業務ニ從事スル者前項ノ罪ヲ犯シタルトキハ三年以下ノ禁錮又ハ千圓以下ノ罰金ニ處ス

1907年制定当時の刑法(明治40年法律第45号)より

1880年の旧刑法と1907年の現行刑法の間にいったい何があったのでしょうか。1880年当時、鉄道といえば官営鉄道の新橋~横浜間、大津~神戸間などと官営幌内鉄道手宮~札幌間などが開業していたのみで、当然すべて蒸気機関車による運転が行われていました。その後、1882年に都市交通の嚆矢として東京馬車鉄道が開業、続いて1895年には日本初の路面電車である京都電気鉄道が開業しました。さらに、1904年には路面電車以外では初となる電車運転が甲武鉄道飯田町~中野間(現在の中央本線)で始まっています。

これらを時系列でまとめると次のようになります。

刑法交通機関の出来事
1880年旧刑法公布 「汽車官営幌内鉄道手宮~札幌間開業
1882年旧刑法施行東京馬車鉄道開業
1890年刑法第一次草案が帝国議会に提出 「滊車
1895年京都電気鉄道開業
1903年京都で二井商会が乗合自動車を運行(日本初のバスとされる)
1904年甲武鉄道、電車運転を開始
1907年現行刑法公布 「汽車又ハ電車
1912年碓氷峠区間に10000形機関車導入(国有鉄道初の電気機関車)
1921年福島県の好間軌道で日本初のガソリンカー導入
1922年大阪~徳島・高松間で定期航空路線開設
1928年長岡鉄道で日本初のディーゼルカー導入

ここから先で述べる話は、すべて作者の推測です。1880年の旧刑法で「汽車」という用語が用いられたのは単に当時鉄道で運転されているのが汽車しかなかったからである可能性が高いように思います。現在でも一部の地方でJR線のことを指して「汽車」という言葉が使われるように、「汽車」という用語は蒸気機関車ではなく、鉄道車両一般を指していた可能性も考えられます。また、1907年の現行刑法で「汽車又ハ電車」という表現がなされたのは、路面電車や都市近郊の鉄道などで電車運転が開始されたからであると考えられます。

一方で、現行刑法でガソリンカーやディーゼルカー、電気機関車に関する規定がないのは単に制定当時これらが日本に存在しなかったためであると考えられます。上表の通りガソリンカーやディーゼルカーの導入は1920年代に入ってからでした。電気機関車については鉱山や製鉄所の構内鉄道では例があったようですが、一般的な鉄道での導入は現行刑法の施行から5年後の1912年でした。同様に、バスや航空機に関して規定がないのも、当時大量輸送機関としてこれらが存在しなかったためだと考えられます。また、馬車鉄道に関して規定がないのは、馬車鉄道は輸送力が小さく現住建造物放火罪で処断するのが重すぎると判断された可能性や、1907年当時すでに馬の糞による公害が社会問題化し馬車鉄道の撤去や電車運転への転換が進んでいたことが考えられます。

でも、1907年の現行刑法で「鉄道車両」ではなく「汽車又ハ電車」という、規定の趣旨とは無関係な動力源に関係する用語を用いたのは不可解です。現行刑法の制定の際に「鉄道車両」としていれば後年裁判で問題になることはなかったのではないかと思うのですが、邪推でしょうか。

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