【真相】川越線デッドロックの原因と「異線進入」騒動の顛末

【真相】川越線デッドロックの原因と「異線進入」騒動の顛末

はじめに

2023年3月2日午後10時ごろ、驚愕のニュースが飛び込んできました。単線区間である川越線指扇~南古谷駅間で、上下列車が鉢合わせしたというのです。現地からは南古谷駅の場内信号機をはさんで向かい合わせに停車している上下列車の画像や映像が飛び込んできて、大変な話題になりました。

本記事では、なぜこのような事態となったのか解説するとともに、事象発生当初からインターネット上で広がり、現在も多くの投稿や動画で広がり続けている「異線進入説」についても言及します。なお、本記事では極力確認された事実や労組資料の記述をもとに解説しており、やむを得ず補足等のために作者の勝手な想像や推測を述べる場合はそれと分かるように記載しています。

単線区間の運転保安について

そもそも、単線区間に上下列車が同時に入線しないよう、どのような対策が取られているのでしょうか?

川越線の当該区間は「単線自動閉そく式」という閉そく方式が取られています。自動閉そく式では駅間に複数の連続した軌道回路が設けられ、それぞれの閉そく区間に2以上の列車が入線しないよう信号機が制御されます。加えて、単線区間では駅やCTCに「方向てこ」が設けられます。方向てこが扱われると駅間の一方の方向の閉そく信号機が青に、逆方向の閉そく信号機が全て赤に変わり、さらに着駅側の出発信号機も定位(停止現示)に鎖錠されるので列車を運行しようとしている方向と逆方向の列車は運転できなくなります。方向てこは発駅の出発信号機が青になってから列車が他方の駅に到着するまで鎖錠されるので、駅員や指令員の勘違いでてこが復帰されることはありません。このため、運転保安設備が正常に作動している限り、1つの駅間で互いに反対方向の列車が同時に運転されることはないといえます。

単線自動閉そく式の方向てこ
単線自動閉そく式の方向てこ

また、上記の運転保安設備とは別に、列車の運行をつかさどる「運行管理システム」にも不正な指令を防止する論理が組み込まれていると考えられます。川越線の当該区間では東京圏輸送管理システム(ATOS)が導入されています。例えば、単線区間であるA駅~B駅間で既に列車が運行されているときに、指令員がB駅から逆方向の列車を出発させる指示を誤って入力した場合、運行管理システムは(運転保安設備に頼るまでもなく)それを拒否する仕様になっているはずでしょう。

川越線の特殊性とデッドロックの原因

このように、「運転保安設備」と「運行管理システム」の2重のチェックが働いているにも関わらず、なぜ単線区間に2つの列車が入線する事態になったのでしょうか。鍵は、南古谷駅の特殊な配線にあります。

南古谷駅には川越車両センターが隣接しており、同センターへの連絡線が接続しています。連絡線は駅旅客ホームのすぐ指扇側から分岐しているほか、ホームから約1.7km離れた箇所にも指扇方面からの入出庫のための連絡線があります(以下、この地点を地点Aとします)。このため、同駅には駅ホームに第1出発信号機が設けられているほか、その先に第2出発信号機、さらに地点Aのすぐ手前に第3出発信号機が設置されていました。

川越線指扇~南古谷間の配線略図と信号機の位置(一部のみ記載)
川越線指扇~南古谷間の配線略図と信号機の位置(一部のみ記載)

第3出発信号機は、当然ながら指扇~南古谷間の「方向てこ」が上り方向にならなければ青にはなりません。これは上で説明した原則の通りです。ところが、第1・第2出発信号機は「方向てこ」に関わらず青になる仕様だったようです。これは、回送列車の設定を柔軟にできるようにするためだと考えられます。たとえば、指扇駅から地点Aの連絡線を経て川越車両センターに入庫する下り回送列車を運転しているときに、第1出発信号機を青にして南古谷駅ホームから上り列車を出発させれば、それだけ列車間隔を詰められることになります。このとき、進路が開通しているのは地点A手前の第3出発信号機までなので、地点Aから車庫に入る回送列車と正面衝突することはありません。

下り回送列車と上り列車の同時運転
下り回送列車と上り列車の同時運転

このような信号の仕様自体は全く珍しいものではありません。例えば東武野田線南桜井駅では旅客ホームの位置と川間側で上下本線が合流する分岐器との間が約1km離れており、この間の駅構内が事実上の複線区間となっています。当駅では上り列車が分岐器を通過し下り列車の進路が開通する前に下り列車が駅を発車することが可能であり、実際に駅構内の複線区間で列車がすれ違う光景が頻繁にみられます。

東武鉄道野田線配線略図(抜粋)
東武鉄道野田線配線略図(抜粋)

運転保安設備がこのような仕様である以上、今回のような事象は「運行管理システム」が防ぐべきでした。後述する通り、発生直後には誤って指令員が下り列車の進路を車庫側に構成してしまったのではないかと疑う向きもあったのですが、4月16日に公開された労組資料により運行管理システムの不具合が原因と明らかになりました。

発端は、指令員が入力した交換駅変更の指示でした。当時、川越線は強風等でダイヤが乱れており、列車に遅れが発生していました。指令員は、所定のダイヤでは南古谷駅で列車交換を行う予定だった2列車について、指扇駅での交換に変更することを決めました。

ところが、この時すでに指扇駅では下り列車を南古谷方面に運行させるために出発信号機が制御された状態でした。本来なら指令員が入力した交換駅変更の指示は運行管理システムの中央装置側で不受理となるはずだったのですが、これが不具合でなぜか受理されてしまったそうです。そのため、交換駅変更の指示は運行管理システムの駅装置に送信され、南古谷駅の装置はこれを受理したものの指扇駅の装置は不受理となりました。結果、2つの駅でダイヤの情報が不一致となり、両方の駅から列車が出発してしまうこととなりました。

デッドロックの発生経緯
デッドロックの発生経緯

もちろん、上記は運行管理システムの不具合の話であり、事故を回避する最後の砦である運転保安設備は正常に働いていたことになります。実際、両列車は地点Aをはさんでそれぞれ南古谷駅の第1場内信号機・第3出発信号機の手前で停止し、正面衝突という最悪の事態は免れました。しかし、両列車に乗車していた乗客はデッドロックが解消するまで長時間列車に閉じ込められることになり、運行管理システムの不備の代償は大きなものとなりました。

※本記事執筆後、6月27日に東京新聞がデッドロックの原因について詳細に報道しました。ATOSに不具合があった事実やその内容について労組資料の記述内容の裏が取れたほか、新たにATOSを製作した日立製作所が不具合を認め謝罪したこと、システムの改修を3月4日までに終えていることが判明しています。(2023年12月11日追記)

異線進入説について

ここまでがデッドロックの発生原因の解説となりますが、インターネット上には上記と異なる説がはびこっています。これは、指令員が誤って下り列車に対して川越車両センターへ入庫する進路を引いたためにデッドロックが起こったという説です。本章では、そのような説が広まった経緯について振り返っていきます。

デッドロック発生直後~翌日朝の動き

デッドロックの発生直後、入手できる確実な情報は次の通りでした。

  • 2つの列車が地点Aをはさんでそれぞれ場内信号機の手前で停車している
  • 上り列車が南古谷駅ホームまで退行して運転再開した

このように、状況がよく分かっていない状況では様々な原因が考えられました。当時は私も川越車両センターへの誤った進路構成の可能性が最も大きいと考えていましたし、それを支持する証拠(例えば現地の信号機の現示状況など)が出てくれば紹介しようと思っていました。

ところが、何も証拠がないうちから「指令員が誤って川越車両センターへ進路を構成した」「下り列車の運転士が異線進入に気づいて列車を停めた」という風説がTwitter上で広まり始めました。当初は「~~だろう」という憶測だったのが「~~らしい」という伝聞、さらに「~~だった」という事実へと誇張され、「下り列車の運転士グッジョブ」などとどんどん拡散されていきました。いずれも「色々な情報に基づくと~」という枕詞のついた根拠不明の主張です。さらに、複数のアカウントによる図付きの解説(うち1アカウントは現役の鉄道関係者を名乗るアカウント)もあり、YouTubeでも解説動画が作成されて既成事実化されていきました。もちろん、複数の説を併記するSNS投稿や解説動画もあったものの、かき消される勢いでした。

また、事象発生の翌朝に労組系のTwitterアカウントが「重大インシデント(級)」の事象だと投稿して炎上する騒ぎも置きました。今回の件は重大インシデントでないので労組の批判は少々誇張したものと言わざるを得ませんが、それでも、当初から運行管理システムに不具合があったと情報を得ていた労組側と、異線進入説を信じ切っていた趣味者との間ですれ違いがあった面は否めません。

発生翌日夕方~1週間後の動き

このような中、風向きが変わり始めたのは翌日の夕方に配信されたNHKのニュースで、ここでは「信号システムの不具合」と報じられました。

当然ながら、「指令員のミス」よりも「信号システムの不具合」の方がはるかに重大な事案です。仮に後者を前者とごまかして発表することがあったとしても、前者を後者と発表するのは通常考えられません。広報担当者も「信号システムの不具合」と報道機関に伝える前には十分な確認を取っているはずです。このあたりから、異線進入説は事実ではないのではないかと疑い始めました。

また、翌週になると複数の労組から双方の列車の運転士の証言を含む断片的な情報が出始めました。

当日対応した社員の声(運転士)

Aさん「信号現示に従い出発した。そしたら停止信号だったので停車したら、前照灯が見え車両センターへの入区列車だと思った」

Bさん「遅れはあったが、信号現示に従い発車した」「途中の信号機で停止現示だったため停車した」「前照灯が見えたため、車両センター内の入換車両かと思った」

OMIYA NEWS No.161(JR東労組大宮地本)

川越線指扇駅・南古谷駅間の単線運転区間において、強風に伴う輸送障害による運転整理が行われ、交換駅変更を入力した際に、下り2081Sに対する指扇駅出発信号機と上り2188Kに対する南古谷駅第1、2出発信号機を同時に制御する状態が発生し、デッドロックとなる事象が発生しました。

川越線指扇・南古谷間デッドロック発生に関する緊急申し入れ(JR東日本輸送サービス労働組合)

ここにきて、私を含め多くの方は異線進入説を捨てるに至りました。双方の列車が信号機の停止現示により停車したこと、その際対向列車の前照灯を視認してもデッドロックが発生していることにすら気づかなかったことからそれは明らかです。また、後者の資料からは列車種別の設定ではなく交換駅変更の入力で何らかのトラブルが発生したことがうかがえる記述もあります。

ところが、この段階でもなお、異線進入説を支持する方が、特に鉄道や信号に関して詳しそうな方々の中に散見されました。労組資料の記述に対して明らかに無理のある解釈を加えてみたり、労組が保身のために嘘をついていると主張してみたりと様々でしたが、もはや困惑を通り越して恐怖すら覚えました。

まとめ

その後、事象発生から1カ月以上過ぎて労組資料を通じてデッドロック発生の経緯が明らかとなり、本記事を執筆するに至った次第です。

現在もインターネットには異線進入説を断定的な口調で解説する記事や動画が溢れています。今回は労組が詳細な資料を公表したためにこれらが誤った情報であることがはっきりしたものの、一歩間違えれば不正確な情報が事実として後年まで伝えられてしまう事態となる可能性もありました。私も情報を発信する側の端くれとして、以後十分に気を付けていきたいと思います。

※おことわり:本記事で「青信号」と記述している部分のいくつかは、正確には「進行を指示する信号」(すなわち、青=進行のほか黄=注意、青黄=減速などの総称)と書くべきですが、趣味者向けの記事ということでご容赦ください。

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